例えばこんな未来なら
都桜ゆう
第1話 灰色の底で、商品として生きる
空はいつも、濁ったガラスの向こう側にあるようだった。 僕たちが住む「最下層」と呼ばれるこの街の底には、陽の光など届かない。届くのは、上層階の住人たちが排出した汚れた空気と、彼らの贅沢の残り香、そして絶え間なく降り注ぐ灰色の湿気だけだ。
僕には、苗字がない。ただ「ユーリ」という、誰がつけたかもわからない響きだけが、僕という個体を証明するすべてだった。
産まれたときから、僕の世界は檻の中にあった。そこは「人間」が住む場所ではなく、「商品」が保管される倉庫だった。富裕層の人間たちは、着飾った靴でこの泥の街を訪れ、家畜を選ぶような目で僕たちを眺める。そこで買われるのを待つのが、僕たちの仕事だった。生きるのが精一杯で、誰かを思うなんて余裕はどこにもなかった。買い手がつかなければ、お腹を空かせて、冷たいコンクリートの上でただの肉塊になっていくだけだ。
この地獄のような場所では、加齢は「成長」ではなく、商品としての「劣化」を意味していた。若ければ若いほど、純粋であればあるほど、高値がつく。汚れを知らない少年たちは、欲望にまみれた大人たちにとって最高のご馳走だった。けれど、その輝きは残酷なほどに短い。
最下層に生きる僕たちにとって、二十歳という節目は、人生の門出ではなく「廃棄処分」の合図だった。若さを愛でる富裕層にとって、二十歳を過ぎた男など、もはや価値のない古びたガラクタと同じなのだ。
そして僕にも、その無慈悲なタイムリミットがやってきた。
僕を十三の時に買い取った主人は、僕が二十歳という『消費期限』を迎えたその日、実に彼らしい悪趣味な趣向で、僕という『所有物』の幕引きを飾った。
それまで、僕は彼一人の所有物として、その歪んだ情欲を受け止めてきた。主人が機嫌の悪い夜には、理由もなく鞭打たれ、皮膚が焼けるような痛みに耐えた。彼が退屈な昼下がりには、ただの抱き枕のように扱われ、彼の気が済むまで弄ばれた。それでも、食事と屋根がある生活を失うわけにはいかなかったから、僕は感情を殺し、ただの「器」になりきって耐えてきたのだ。
けれど主人はその日、僕からその最低限の尊厳さえも奪い去った。
「今日は特別だ。長年の感謝を込めて、お前たちにこいつを貸してやろう」
主人はそう言って、屋敷に仕える無骨な使用人たちを広間に集めた。何人いたのかも覚えていない。ただ、彼らの嗅いだことのない脂ぎった匂いと、獣のようなぎらついた視線に包囲された瞬間、僕の脊髄を冷たい恐怖が駆け抜けた。
主人は部屋の隅の椅子に深く腰掛け、ワイングラスを傾けながら、その光景を眺めていた。
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