少年は琥珀に夢を見る
微睡の中、何かが自分を呼んでいるのが分かる。その正体を確かめようとした時、私の意識は覚醒した。目に入ってくるのは薄暗く、岩と苔ばかり……洞窟かしら?ふと自分の姿を見れば、先ほど負った傷は既に包帯で巻かれていて、裂けた衣服の代わりにメイオの上着が着せられていた。彼が手当をしてくれたのね……そうだ、彼は今どこに?
「ラニアさん、目が覚めましたか。ちょっとこっちに来てみてください!」
顔を上げれば彼が少し先から手を振っているのが見えた。珍しく興奮しているようだけど、一体何があったのかしら?
「これは……」
彼の指差す光景に、思わず息を呑む。岩と苔ばかりの壁が、どこからか差し込む日の光を浴びて眩く輝いているのだ。近づいてよく見てみれば、壁に宝石のような何かが混じっている。
「琥珀ですよ……しかもこんなに沢山!密林が土砂崩れか何か起きて木々が埋まり、それが長い年限で風化して後には琥珀だけが残った?それとも太古の時代の木々はこの洞窟まで根を伸ばしていて、そこに樹脂が溜まりこの光景を生み出した?――」
彼はすっかり自分の世界に入ってしまっている。けれど、この光景を前にすればそうなってしまうのも理解できる。あの夜彼が話してくれた光景が確かに今、私の目の前にも広がっているのだから。でも……
「……ここじゃない。」
思わずそう呟いていた。彼が怪訝そうにこちらを伺う。
「こっちよ。」
感じるままに歩きだす、一歩進むごとに確信が深まっていく。
「ラニアさん、行き止まりですよ……?」
いいえ、違う。魔力を流し込めば、それだけで壁は脆く崩れ落ちた。その先には暗闇が広がっている。彼はもう何も言わずにランタンを掲げ、私を見て頷いた。彼も何か感じたのかもしれない。そして、私達は暗闇へと踏み出した。
如何にしてこの光景が生まれたのだろう。パデルは化石を過去からの手紙だと言った、メイオはそれを太古の昔に栄えたと言った。であればこれが生きていた時代と今に、どれだけ時間の乖離があるのだろう。ランタンの微かな明りに照らし出された巨大な琥珀の柱、その中にそれらはいた。
「これが恐竜……!?」
ナイフのような鉤爪、複数の骨が連なって弧を描いた尾、何よりも目を引くのが鋭い歯が並ぶ咢。太古の時代を生きたそれは今、琥珀の中で眠りについていた。いや、それだけでは無い。よく見れば琥珀の柱の中に他にも多くの化石が眠っている。琥珀に触れてみれば、それから発せられる魔力をより強く感じる事ができる。彼らが、私を呼んでいたのだ。
「思ったよりも小さいわね、ノボアくらいの大きさかしら?」
メイオが解説してくれるかと思ったのに、何も反応が無い。メイオ?と呼びかけるように横を見ると、琥珀の中を見つめるメイオの横顔があった。あまりの真剣さに、ちょっと見惚れてしまう……いや違う、彼は魅入られている。彼やパデルが追い求めてきた恐竜の化石、それが今目の前にある……彼の目にはそれが生きていていた遥か太古の時代が広がっているに違いない。彼に呼びかけようとしたその時、洞窟全体が大きく揺れる。続いて聞こえてくるのは竜の咆哮、間違いないあの青竜が近くにいる!さらに数度咆哮と揺れが続き、とうとう洞窟が崩壊し始める。天井からは石が転がり落ち、壁のあちこちに亀裂が走る……もうここは長くない!
「急いで逃げなきゃ!」
走り出そうとする足が止まる、こんな状況なのに彼の目はただ琥珀の中に向けられている。
「どうしたの!?早くしなきゃ埋まっちゃうわよ!!」
彼の手を掴んで走り出そうとしたとき、その手が振り払われる。驚いて彼を見るが、そこに浮かんでいたのは笑顔だった。これまで見た彼の笑顔の中で、一番穏やかなその表情に心が締め付けられる。
「僕は行けません。ここには僕の望むものがある。なのに、何もできず、ただ失われるのを見ないといけないなら――」
僕もここに埋まりたい、彼らと共に。
それは紛れもない彼の本心だった。その願いを誰が止められるだろう?この場にいたのがパデルなら?彼はきっとメイオの意思を尊重する。ならノボアは?あの子はきっと気にしない。じゃあ、私は?
「ラニアさんは行ってください。僕に付き合う必要はありません。」
変わらない調子で彼は私を気遣う。この数日間で、どれだけ彼の優しさに触れてきただろう。夜が来る度に他愛無い話をした。青竜に襲われた日、彼のおかげで夢に向き合う事ができた。その彼が、太古に憧れる彼が、琥珀の中の化石と共に眠りにつく。そして誰にも探される事は無い……だって彼の帰りを待つ家族はいないから。けど、そんなの……そんなのは!
「そんなの、絶対に嫌!」
今度は彼が驚く番だった。賺さずその手を掴んで走り出す。
「貴方がここで埋まっても、誰も探さない、探そうともしない。けれど、貴方は違うでしょ!」
自分でももう何を言っているか分からない。ただ感情をそのままぶつけているだけだ。それでも!
「誰もが太古の世界に触れ、それを夢見る事ができる、そんな場所を作りたい。それが貴方の夢なんでしょ!だったら!!」
また洞窟が揺れ、思わず転びそうになるが、それを支えたのは握り返してきた彼の手だった。後ろで琥珀も、化石も、何もかもが崩れていく。なのに、彼の目は真っすぐ私の目に向けられていて――
出口から飛び出すのと、洞窟が完全に崩落するのは同時だった。振り返ってみても視界に入るのは岩ばかりで、そこに洞窟があったことなんて気づかないだろう。そして視線を横に向ければ、彼の、メイオの姿がある。
「ラニアさん、僕は……」
「ラニア。」
彼が謝罪しようとするのを遮って言う。虚を突かれた彼の顔には疑問符が浮かんでいた。
「前にも言ったけど、堅苦しいのは嫌いなの。だから……」
ずっと気になっていた。何となく指摘できずにいたけど、今なら言える。
「……ラニア。」
彼は照れくさそうにうつむいてしまったけれど、私はそれで満足だった。
「ようやくね。さぁ行きましょう!パデルやノボアと合流しないと、それに近くに青竜がいる筈……」
私の呟きに応じるように竜の咆哮が響く。今までよりも唸るような、敵意に満ちた咆哮。
「まさか!」
ハッとして見回せば、雷光と、その先に二つの影。間違いない!
「パデルとノボアが襲われてる!これじゃあ目的地に行っても意味がない……あの青竜と戦わなきゃ……!!」
けど、私に何ができる?あの時は何もできなかった、そして状況はさらに悪い。思わずきつく握った拳を、彼の手が優しく包んだ。
「僕に考えがあります。あの青竜を倒すその作戦が……!そのためには、ラニア。貴方の力が必要です。」
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