第9話
証拠は、いつも陳列棚に残る。
同じ商品が、同じ向きで、同じ数だけ減っている。
ここは24時間営業のスーパーだ。
深夜。
客は少ない。
動線は単純。
それでも、毎回配置が微妙に違う。
なるほど。
今回はそういう手口か。
俺はカゴを取る。
取ってから気づく。
音が大きい。
底にヒビがあるらしく、歩くたびに乾いた音がする。
(前回、カゴは重かった)
今日は軽い方を選んだ。
軽すぎた。
牛乳を入れる。
音が増える。
卵はやめた。
前回、割れたからだ。
代わりにヨーグルト。
三個入り。
期限が一日短い。
値引きはされていない。
まあいい。
冷蔵庫の奥に入れれば問題ない。
たぶん。
そのとき、女が同じ棚の反対側にいた。
黒いコート。
スマホを見ながら、同じヨーグルトを取る。
彼女は六個入りを選んだ。
家族用だ。
たぶん。
(違うな)
彼女は一人だ。
表情で分かる。
それでも量の多い方を選ぶ。
理由は、後から付けるタイプだ。
彼女は次に、パン売り場で止まった。
値引きシールを待つ。
貼られない。
そんな時間じゃない。
分かっているのに、待つ。
これは判断ミスだ。
でも不可避だ。
俺は理解した。
この人は、今日、何かを取り違える。
彼女は結局、定価の食パンを取った。
一番安い棚じゃない。
目線の高さのやつ。
(前回のほうが、まだマシだった)
前回は、半額だった。
今日は違う。
理由はない。
レジに並ぶ。
俺の前。
彼女のカゴには、余計なものが一つ多い。
スイーツ。
新商品。
期間限定。
プレミアム。
なるほど。
ここで来るか。
会計が終わる。
袋詰め台で少しだけ並ぶ。
彼女はパンを縦に入れた。
潰れる。
俺はヨーグルトを一番下に入れた。
重さを考えなかった。
帰るまでに形が変わる。
外に出る。
自動ドアが一拍遅れる。
彼女が振り返る。
「またですね」
「ああ」
少し間がある。
言うべきことは分かっている。
言わない方がいいことも。
それでも言う。
「そのパン、冷凍するといいですよ」
彼女は一瞬だけ考える。
それから、曖昧に笑った。
「そうですね」
別々の方向に歩く。
彼女は袋を持ち替える。
遅い。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
(冷蔵庫、空いてたかな)
駐車場の蛍光灯が、一つだけ点滅していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます