豚貴族に転生した俺、前世の記憶を取り戻したのでダイエットして最強を目指す 〜全ては破滅する推しヒロインを救うために〜

岩の上の朴念仁

第1話 豚貴族への転生

「……ぶひっ?」


鏡に映っていたのは、肉の塊だった。


いや、正確には人間だ。


だが、今の俺の視界を占有しているのは、波打つ三段腹、丸太のように膨れ上がった腕、そして重力に負けて垂れ下がった頬の肉。


美しいはずの銀髪は脂汗で額に張り付き、碧眼は肉に埋もれて輝きを失っている。


俺は震える手で、自分の顔に触れた。


むにゅり、という不快な感触が指先に伝わる。


「嘘だろ……ここ、ゲームの世界か?」


頭の中に、奔流のような情報が駆け巡る。


ついさっきまで、俺は日本のとあるワンルームマンションで、スナック菓子を片手にRPG『キングダム・ファンタジア』をプレイしていたはずだ。


しかし、今の俺は違う。


ジオード・リンデンハイム。


国内有数の名門、リンデンハイム公爵家の嫡男。


そして――ゲーム内では、主人公の引き立て役として登場し、無様な姿を晒して退場する「噛ませ犬」の悪役。


通称、『豚貴族』。


「は、はは……よりによって、こいつかよ」


乾いた笑いが漏れる。


ジオードは、その見た目の醜悪さと、傲慢かつ短絡的な性格でプレイヤーから蛇蝎のごとく嫌われていた。


だが、問題はそこじゃない。


俺が転生したことに対する驚きよりも、もっと恐ろしい事実が、記憶の奥底から浮上してくる。


このゲームには、一人の悲劇のヒロインが存在する。


マーレ・ルステンブルグ。


俺の実家であるリンデンハイム家と双璧をなす、ルステンブルグ公爵家の令嬢だ。


輝くような金髪に、深い知性を湛えた碧眼。


慈愛に満ちた性格。


彼女は、俺の「推し」だった。


しかし、彼女に待っているのは地獄だ。


ゲームのシナリオ中盤、この国の王太子であるアルフレッドによって、ルステンブルグ家は冤罪を着せられ、取り潰される。


アルフレッドは表向きこそ爽やかなイケメン王子だが、その本性は歪みきったサディストだ。


アルフレッドはマーレの高潔な精神を蔑み、同時にその美しい肉体を自分だけの「所有物」として屈服させることに執着していた。


家を失い、家族を処刑され、行き場を失ったマーレは、王太子の「奴隷」として引き取られる。


その後の彼女の扱いは、テキストで読むだけで吐き気を催すほど惨いものだった。


鎖に繋がれ、尊厳を踏みにじられ、最後には心壊れて死んでいく。


ジオードである俺は、そのイベントの際、王太子の腰巾着として隣で下卑た笑いを浮かべているだけの存在だ。


「……ふざけるな」


鏡の中の豚が、ギリリと奥歯を噛み締めた。


今の俺は15歳。


王立学園に入学するのは17歳。


そして、マーレの断罪イベントが起きるのは学園の卒業パーティー、つまり19歳の時だ。


まだ、4年ある。


学園入学まででも、2年ある。


「救える……いや、救うんだ。俺が」


ドサリ、と重い体が椅子に沈み込む。


現状の俺は、ただの太ったクズだ。


このままでは、王太子の靴を舐める未来しか待っていない。


だが、俺には知識がある。


この『キングダム・ファンタジア』というゲームの、隠しアイテム、効率的なレベル上げ、最強スキルの取得方法――それら全ての知識が。


「ステータス・オープン」


小さく呟くと、空中に半透明のウィンドウが現れた。


名前:ジオード・リンデンハイム

年齢:15歳

LV:1

HP:300/300

MP:50/50

筋力:E

防御:C

敏捷:G

運 :D


スキル: 【暴食(パッシブ)】摂取カロリー吸収率アップ

【傲慢(パッシブ)】対人好感度上昇率ダウン


状態異常: 【肥満】敏捷性大幅ダウン、スタミナ消費量3倍


「……ひどいな、これ」


敏捷Gに、状態異常【肥満】。


これではまともに戦うことすらできない。


【暴食】スキルのせいで、お茶を飲んでも太るレベルだ。


だが、逆に言えば伸びしろしかない。


俺は知っている。


この世界には、「魔力操作による脂肪燃焼」という裏技的なテクニックが存在することを。


本来は高レベルの魔法使いが、戦闘中に枯渇した魔力を補うために自身の生命力を変換する技術だが、これをダイエットに応用すれば……。


「ジオード様? 朝食の準備が整いましたが」


扉の向こうから、冷ややかな声が聞こえた。


執事のハンスだ。


彼は有能だが、ジオードのことを内心で見下している。


それも当然だ。


今までのジオードは、使用人に当たり散らすだけの最悪な主人だったのだから。


「入ってくれ」


俺が答えると、ハンスが驚いたように少し間を開けてから入室してきた。


いつもなら「遅い!」と怒鳴り散らしているタイミングだからだろう。


「……本日の朝食は、ローストポークの蜂蜜がけと、バターたっぷりのパンケーキでございます」


ワゴンに乗せられた料理を見て、俺の胃袋がグゥと鳴った。


匂いだけでわかる。


暴力的なまでのカロリー。


以前のジオードなら、これを貪り食っていただろう。


「ハンス、下げてくれ」


「……はい?」


「その料理は下げてくれと言ったんだ。あと、これからの食事はすべて、野菜中心のスープと、脂身を抜いた鶏肉だけにする。量は今の十分の一だ」


ハンスが目を見開いた。


その表情には、明らかな動揺が見て取れる。


無理もない。


この豚が餌を拒否したのだ。


天変地異の前触れと思われても仕方がない。


「ジ、ジオード様。どこかお加減でも……?」


「いや、逆だ。気分は最高にいい」


俺は重い体を揺すって立ち上がり、再び鏡の前に立った。


そこに映る醜い姿を、今度はしっかりと睨みつける。


「決めたんだ、ハンス。俺は変わる」


王太子アルフレッド。


ゲームの主人公である勇者。


そして、腐った貴族社会。


それら全てを実力でねじ伏せ、マーレを守り抜く。


そのためには、まずこの重すぎる脂肪の鎧を脱ぎ捨てなければならない。


「これより、リンデンハイム家次期当主、ジオードの肉体改造計画を開始する」


俺の宣言に、ハンスはポカンと口を開けていたが、やがて恭しく、しかしどこか探るような目で一礼した。


「……かしこまりました。厨房に伝えてまいります」


扉が閉まる。


さあ、忙しくなるぞ。


まずはダイエットだ。


そして、レベル上げ。


待っていろ、マーレ。


お前を地獄になんて行かせない。


俺が必ず、幸せな未来へ連れて行く。


かつての「豚貴族」は、この日、静かに死んだ。


そして今、一人の男の、愛と執念の戦いが幕を開ける。







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