オリエンテーション前日
やがて、椎菜ちゃんのお母さんお勧めのお店を3軒回った。
最初の店では、シャツデザインのケミカルロンパースを選んでもらった。
今までの私なら、きっと手に取らなかった服だ。
他にも、ガウチョパンツやキャミソール、透け感のあるトップスをいくつか。
気づけば、今日だけで全身分のコーディネートが揃っていた。
最後の店では普段学校で履いているローファーのメーカーでとコラボした黒いローファー。
リュックサック、長いショルダーバッグ、短いショルダーバッグと3通りに使える鞄をお買い上げした。
今日だけで全身コーデが出来る。
そして、椎菜ちゃん母娘と、腰を落ち着けようと3人でカフェに入った。
そこで椎菜ちゃんの母親に、亡き母のことをたくさん聞かれた。
「そうなの……
さぞかし、辛かったでしょうね。
無神経に聞いてしまってごめんなさい。
それにしては、話すときに泣きもしなかったでしょう?
変に我慢していないか、心配ではあるけれど」
そこで1度言葉を切って、再び話し始める。
「看護師だったのね。
立派な母親だったでしょ。
誇らしかったんじゃない?
知らないところで、うちの椎菜も、貴女のお母さんがいる病院に行ったりしてたかもしれないわね」
「これ、病室で母から聞いた話なんですけど。
年頃の子にしてはあまり風邪ひかなかったみたいなんです、私。
今思えば、看護師の娘っていう変なプライドがあったんです。
風邪ひいて病院行ってお母さんの病院の人にお世話になりたくないって思ったから、なんでしょうけど」
「うちの椎菜は理名ちゃんと真逆でしょっちゅう風邪ひいてたわ。
昔から、呼吸器と気管が丈夫じゃないのよ」
「ちょ、お母さん!」
「本当のことじゃない。
そういうことは、ちゃんとお友達に伝えたほうがいいわよ?」
「はぁい」
珍しく、拗ねる椎菜ちゃんを見て、微笑ましくなった。
この2人は、いい親子だ。
きちんと、信頼関係が構築されている。
言葉の端々から、「親が娘を心配している」気持ちが伝わってくる。
「大丈夫。
宿泊オリエンテーションの保健係、私だし」
「そういえばそうだったね!
何かあったら、よろしく。
岩崎看護師さん。
じゃなくて、えっと、岩崎医師、とかのほうがいい?」
うーん、と目線を上に向けて考え込む椎菜ちゃんを見て、決意した。
まだ資格はないけれど、いつか必ず、そう呼ばれる存在になる。
カフェで椎菜ちゃんはミルクティー、椎菜ちゃん母はカフェオレ、私はブラックコーヒーを堪能した。
カフェのお支払いまでカードで済ませている椎菜ちゃんの母に、口をあんぐりさせた。
ポンとカードで支払いしている感覚が、私には理解が出来なかった。
雑誌のモデルから、CMのモデル、最近は、女優にまでチャレンジしているという椎菜ちゃんの母親。
そんじょそこらのサラリーマンやOLより、稼ぎはいいのだろう。
少しは、テレビ、観てみようかな。
「ありがとうございました。
ごちそうさまでした」
「いいえ。
気にしなくていいのよ?」
椎菜ちゃんのお買い物に付き合う。
ワイン色のシアーブラウスを手に取った椎菜ちゃんは、もう高校生というより、大学生みたいだった。
どれも私なら選ばない服ばかりだ。
でも、椎菜ちゃんが着ると、それが一番似合って見える。
恋をしている人は、みんなこういう服をさらりと着こなせるのかな。
いつか、私も、椎菜ちゃんみたいになりたい。
私にとって人生初の一目惚れがこの後に待っているなんて。
……この時は分かるはずがなかった。
そんなことを考えているうちに、椎菜ちゃんのお買い物が終わったようだ。
この後は、椎菜ちゃん親子で夕食の買出しをするようだ。
邪魔しては悪いと思った私はここで帰ることにした。
「ありがとうございました!」
「いいのよ、今度は私の家に遊びにいらっしゃいね!
いつでも歓迎するわ」
「またね、理名ちゃん!」
椎菜ちゃんの母親に何度も頭を下げながらも、
椎菜ちゃんに手を振る。
ショッピングモールを出て、電車を乗り継ぎ、家に帰った。
何度もよろけながら家に帰った。
それなのに、早く家に着いてほしくないと思っている自分がいた。
父親はどこかに出かけたようで、家にはいなかった。
まぁ、帰ってきていて紙袋の中身を詮索されるのも迷惑だ。
いないならいないほうが気分がいい。
しばらくしてから自室に戻り、クローゼットを開けた。
紙袋の中身を丁寧に出して、新しく仲間入りした服が手持ちのものと合うかどうか試した。
どれも、合わないということはなかった。
むしろ、手持ちの服にこそ馴染んだ。
私服は、Tシャツやトレーナーが多い。
上にサロペットを着ると、手っ取り早くオシャレに見せることが出来る。
スウェット素材のマキシ丈ワンピースも、背が高い身長のおかげで、難なく着こなすことができそうだ。
椎菜ちゃんは、他人のクローゼットの中身が分かる能力でも身につけているのかと思うほどだった。
そんなことはあり得ないので、おそらくモデルである母の血を引いているがゆえなのだろう。
改めてお礼を言おうと電話をした。
彼女はまだ帰っていないのか出なかった。
疲れたのだろう。
あの後の私は、お風呂にも入らないまま、布団もかけずに眠ってしまったらしい。
翌朝、8時過ぎに目が覚めた。
目を開けると、枕元に置いた青いスマホの画面には「不在着信」と出ていた。
アプリを開くと、椎菜ちゃんの名前が表示されていた。
昨日の電話に出られなかったから、彼女の方からかけ直して来たのかもしれない。
私も急いで掛け直す。
朝の10時過ぎ。
学校の癖で早起きの習慣もついており、明日の宿泊オリエンテーション当日も8時集合だ。
この時間には起きているだろう。
「もしもし?」
『あ、理名ちゃん?
おはよ!
昨日はたくさん連れ回したから疲れちゃったよね。
ごめんね?
昨日、あれから帰り際に麗眞に会ってさ。
家に泊まってたから、電話出られなかったの。ごめんね?』
「おはよ、椎菜ちゃん。
ううん、大丈夫だよ」
そう答えながら、考える。
麗眞くんと一緒にいたなら、私からの電話だと知ったら出ることはできたはずだ。
私は彼にとっても友達なのだから。
後ろめたいことなんて、何もないはずだ。
じゃあ、麗眞くんと何かあったの?
昨日の椎菜ちゃんが買っていたものに関係があるのだろうか。
『理名ちゃんに言うことじゃないかもしれないし、惚気になっちゃうんだ。
でも聞いてくれる?
やっぱり最後までは、まだ未遂だけど……
最後に近いところまでは、してくれたの……!
勝負下着の効果って、すごいんだなぁ、って思ったよ』
普段の椎菜ちゃんからは想像がつかないくらいに、だんだん言葉尻がしぼんでいっている。
嬉しい反面、恥ずかしいという気持ちもあるんだろう。
「そういうとこ、ほんとに真面目ね。
麗眞くん」
そういう、椎菜ちゃんと麗眞くんみたいな経験はゼロだけれども、知識はそれなりにある。
未遂に終わらなかったとしたら起こりうる可能性まできちんと頭に浮かぶ程度には。
一応、理科の授業と保健体育の授業で聞いたことはあるのだ。
義務教育課程はとっくに終えている。
そして、曲がりなりにも看護師の娘だ。
「ちゃんと、椎菜ちゃんを気遣って、大事にしてくれてるってことじゃない」
『でも、いつかは、ねぇ……?
ずっと未遂は、ちょっと……困る、かな。
発展する気がないのかな、って思っちゃう』
「麗眞くんのことだもん、きっと何かあるんでしょ?
彼なりにいろいろ考えてそうだし。
信じて待っててあげるのも、必要なんじゃないかな?」
『うん、理名ちゃんがそう言うなら、待ってみる。
ありがとう。
理名ちゃん、長々とごめんね?
明日から楽しもうねー!
またね!』
明るい声色の後の、無機質な音と共に電話が切れた。
2人を見ていると、つくづく思う。
幸せそうだ、と。
あのような関係に、いつかなれる日が来るのだろうか。
そして、私の亡き母と、今現在はどこかに出かけているであろう父も、そんな関係になれていたのだろうか。
そう考えると、笑みがこぼれた。
ベッドにもう一度寝転がり、朝ごはんを食べていない事実も忘れたまま、まだ見ぬ男の人を頭の中に描く。
目を覚ますと、時計がちょうどお昼のチャイムを鳴らした1時間後だった。
リビングに降りると、いつの間にか帰っていた父がコンビニ弁当を広げていた。
「おう、理名。
おはよう。
明日に向けて寝溜めか?」
「まぁ、そんなところ。
疲れるし。
明日も、6時45分には家を出なきゃいけないんだよね」
学校までは、最寄り駅から歩く時間を含めて50分かかる。
いつもは身軽だからいい。
明日は重い荷物を詰めたキャリーバッグを引いて歩かねばならない。
遅刻したらシャレにならない。
父はテレビを見たまま、黙って箸を動かしていた。
私たちは、今日もほとんど言葉を交わさなかった。
食べ終わると、さっさと2階の自室に上がった。
まずはキャリーバッグに宿泊オリエンテーションのための荷物を詰めた。
2泊だけれど服はなるべく最小限に。
ジーンズサロペットとケミカルデニムロンパースにタイツ、さらに昨日買ったトップスやブラウスを入れた。
インナーを替えれば、印象をがらりと変えることは可能。
下着ももちろん、昨日買ったもの。
その作業を終えた後、昨日買った何通りにも使用可能なバッグをショルダータイプにした。
これで、両手が空く。
キャリーバッグを持つこともあり、なるべく身軽にしておきたい。
肩が疲れたら、紐を通して、リュックにすれば、負担は減るだろう。
宿泊学習のしおりや、筆記用具、学生証、タオルや飲み物などはそれに入れていった。
詰め終わったところで、荷物のせいで少しだけ狭くなった部屋のベッドで眠った。
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