顔良

床擦れ

第1話 上 まえがき

 がんという姓は古くより尊き名であっただろう。

 それは、古く孔子こうしの弟子であった顔回がんかい(あるいは顔淵がんえんあざな子淵しえん)がその才を高くたたえられながらも、師匠に先立ってその生涯を閉じたことから始まっていると見える。


 そういった先例があることからか後代、顔という姓には学者・政治家などが多く、その中で武の道に至る者は少なくとも名が残る限り少なかった。


 しかしながら、その風潮に多少なりとも抗おうとしたか、或いはそうならざるを得なかったのかは判らないが、武の道に進む者もいた。もっとも、三国志の後の時代に顔姓の政治家や学者が複数みられるのに対して、武将に顔姓の名が少ないということはその活躍ぶりは推して知るべしと言えるかもしれない。

 武よりも文の家。それが顔氏と云えよう。


 そのような気風の中で、武の道を進んだと思われる人物の一人に

顔良がんりょう

という人がいる。字はわかっていないが、向後、文章中の統一性を持たせるために敢えて

叔善しゅくぜん

という字を用いるが、宥赦いただきたい。


 この人が登場する三国志中の記述は極めて少ない。

 例えば孔融こうゆうが「勇将なり」と評したとか、逆に荀攸じゅんゆうが「匹夫の勇」と評したなど。顔良だけではないが、こと袁紹えんしょうの周りは情報が錯綜さくそうしていてなかなか実像が掴みづらい部分がある。


 これは袁紹という人物が、「華北の雄」という側面と「曹操そうそうに負けた敗者」という二つの面を持っていること、そして乱世に突き進んでいく中で記録を十分にすることができなかった為だと思われる。


 結局、顔良は荀攸の言うとおりに敵陣で孤立して関羽かんうに身体を貫かれ、その生涯を閉じることになるが、彼は人生の中でいくつもの岐路を進んできたはずである。

 果たして名が出るまでの彼はどのように躍動したのか。その興味が、この小説の源流である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る