第21話 March(1)
さくらは久しぶりに仕事で事業部にやってきた。
斯波との打ち合わせが終わった後、秘書課から出てきた志藤と出くわした。
「あ、打ち合わせ?」
志藤が声をかけた。
「ハイ。 ホクトに来るのも半年ぶりくらいかな。 ちゃんと仕事してますよ、」
さくらは笑う。
一時は設楽との破局でもうそれはそれは大変な落ち込みようだった彼女がウソみたいに晴れやかな笑顔だった。
彼のことをもう諦めてしまったのかどうかはわからないけれど
何だかふっきれたような感じもする。
「この前。 志藤さんのお嬢さんに会いましたよ、」
さくらは思い出してそう言った。
「え? ひなた?」
「奏がレッスン終わるの外で待ってて、」
「・・また、そんなトコまで行っちゃって、」
志藤はため息をついた。
「その後3人でお茶したんですけどー。 ほんっと、おもしろくておもしろくて、」
「またアホなこと言うた?」
「『私ってかわいいしか取り柄がないし』ってフツーに言うんですよー。 もうおっかしくて、」
さくらは笑ってしまった。
「はあ?」
「普通にソレ言ったらもう袋叩きモンなんだけど、お嬢さんはもう本当に自分がそれしか取り柄がないって悩んでいるようだったんで。」
「・・アホ丸出し、」
志藤はさらに大きなため息をついた。
「ま、でもほんまにそうかも。 勉強ができなくて死ぬほどアホやし。 特に得意なこともないし。 確かに『カワイイ』しか取り柄ないなァ、」
志藤も大真面目だったので
「もー、お父さんがソレだから! どんだけかわいいかわいいって育ててきたの、」
さくらは彼の腕を叩いて笑った。
「でも。 すごいのが。 同じ中学2年生の奏が彼女のそういうのとかぜーんぶ理解してあげてるってことなのよ、」
志藤はこの前のチョコレートの一件を思い出し、否定はできなかった。
「なんか。 めっちゃお似合いだった。 中学生同士であの好感度ってないよ。 かわいいね、」
嫌味でもなんでもなくさくらは本気でそう言っているようだった。
「さくらちゃんは。 どうなん?」
志藤は話題を変えるように言った。
「え?」
「・・あいつのこと。 区切りつけられた?」
さくらは一転ややうつむいて
「わかんない。 でも。 なんだろ…。 今は子供たちにピアノ教えるのがすっごく楽しいっていうか。 今まではそこまで思ってやってなかったのに。 やりがいある。 いいよね、子供って。 本当に素直に教えたことできるようになって、伸びていくのが手に取るようにわかって、ああまだまだ人間的成長の途中なんだなってわかる。 大人になるとなかなかそんなの実感できないじゃない? 奏は素直すぎるところがちょっと心配なんだけど、コンクールまであと1カ月と少しだし、なんとか結果出るようにしたい。」
それでも最後は志藤の目を見て力強く言った。
「あの人の子供って・・たまに思い出しちゃう時があって。 モヤモヤすることもあるんだけど。彼、一生懸命だから。 何とかしてあげたいって自然に思える、」
志藤はそんなさくらにふと微笑んで
「な? あいつ大人たらしやろ? そこがまた憎たらしいねん、」
腕組みをしてオーバーに頷いた。
「だから今はそっちに夢中かな。 じゃ、また来週来ます。」
さくらは軽くそう言って志藤と別れた。
本当は。
奏の母が父親であるあの人を心底望まなかった理由がほんの少しだけわかった気がしていた。
あの子を見ていると
もう何もいらない
何も望まない
って気持ちになったんだろうと思った。
それが切なくもあり
少しだけ悔しくもあり。
本当に不思議な気持ちになるのだった。
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