第二話 同居

翌朝。

康が目を覚ますと、サクラがベッドの横に正座していた。

「うわっ!」

「おはよう」

「いや、おはようじゃなくて!なんでそんな近くに!」

「あなたが目覚めるのを待っていた」

「待つにしても、もうちょっと距離が......」康は額を押さえた。「朝ごはん、食べますか」

「食べる」

康は冷蔵庫から卵とご飯を取り出し、簡単な朝食を作った。目玉焼き、味噌汁、納豆。いつもと同じメニュー。

サクラは箸を器用に使い、黙々と食べた。

「......美味しい」

「そうですか」

「あなたは、料理ができるのだな」

「できるって程じゃないですけど。一人暮らし長いんで」

「一人......」サクラは康を見た。「家族は?」

「実家にいます。三年前に独立して」

「独立......里を出たのか」

「里?まあ、そんなもんです」

サクラは少し嬉しそうな顔をした。

食後、康は真面目な顔でサクラと向き合った。

「あの、サクラさん」

「サクラでいい」

「じゃあ、サクラ。君は、どこから来たんですか」

「......甲賀」

「滋賀県の?」

「知っているのか」

「まあ、地名としては......」康は慎重に言葉を選んだ。「それで、何で東京に?」

サクラは少し黙った。

「私は、里を抜けた」

「里を......抜けた?」

「くノ一として育てられた。任務をこなし、感情を殺し、忍びとして生きてきた」

康は何も言えなかった。目の前の女性は、本気でそう信じているようだった。

「だが、ある日......街で男女を見た。手を繋ぎ、笑い、抱き合っていた」

「......恋人、ですね」

「恋、人......」サクラは言葉を噛み締めるように繰り返した。「私は、それが欲しくなった。普通の人として、普通の恋がしたいと思った」

「普通の......」

「だから逃げた。だが、着いた場所で......何が普通なのか分からなくなった」

サクラは康を真っ直ぐ見た。

「教えてくれないか。普通の恋とは、何だ」

康は口を開けたまま固まった。

三秒後、ようやく声が出た。

「俺に聞かれても......」

「あなたは、普通ではないのか」

「普通かもしれないけど......恋愛経験はないです」

「ない?」

「ゼロです」

二人は顔を見合わせた。

そして、なぜか同時に笑った。

「じゃあ、二人とも普通じゃないですね」康は苦笑した。

「そうだな」サクラも微かに笑った。「私たちは、普通ではない」

康は立ち上がった。

「とりあえず、君が行くところを決めるまで、ここにいていいです」

「本当か?」

「本当です。ただし」康は指を一本立てた。「俺が仕事に行ってる間、外には出ないこと。勝手に人を呼ばないこと。火の元に注意すること」

「分かった」

「あと......」康は頬を掻いた。「従姉妹ってことにしておいてください。誰かに聞かれたら」

「いとこ?」

「そう、いとこ。血縁関係にある親戚」

「なるほど......血の繋がり」サクラは真剣に頷いた。「覚えた」

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