第2話
週明けの月曜日。ホームルーム前の雑談がゆるく流れていた。
俺――相沢ユウは、昨日の“告白練習”のことを反芻していた。
ミオが妙に本気っぽかった。
返事まで優しかった。
あれはなんだ。演技か?
考えてるうちに、教室のドアが開いた。
「相沢くん、昨日の宿題、どこ出すんだっけ?」
声をかけてきたのは橘。
清楚で、クラスの人気者。俺が告白しようとしている相手だ。
「あー、二番の箱のとこ」
「ありがとう。助かるー」
にこっと笑われて、心臓が跳ねた。
うん、好きだ。俺は橘が好きだ。
昨日のミオは――ただの演技。気にしすぎだ。
……そう思った瞬間。
「ユウ」
声が落ちた。
俺の背後、ドア際。
篠原ミオが、無表情で立っている。
「お、おう。ミオ、何」
「楽しそう」
「何がだよ!」
「橘さんと。すっごい楽しそう」
声に温度がなかった。
橘が少し困った顔をして、ペコリと会釈して離れていく。
「宿題の話だぞ!? 別に楽しそうでも――」
「楽しそう」
「同じ単語しか言わねえのか!」
「事実だから」
事実じゃない。だとしても、口調がなんか刺さる。
「おまえ、なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「絶対怒ってる!」
「怒ってない」
「語彙が小学生だぞ!」
「……怒ってない、つった」
語尾だけ強かった。
これを怒ってないと言い張るのは無理だろ。
その日の三限。国語の授業中。
なんとなく視線を感じる。
斜め右後ろ。ミオ。
じーっ。
(いや見すぎじゃね?)
顔上げるたび、目が合い、そらされ、また合う。
心臓が落ち着かない。
橘じゃなく、ミオが気になり始めるの、どうなんだ。
昼休み。
弁当を広げた瞬間、男友達――田上がニヤついた顔で寄ってきた。
「なあユウ」
「なんだよ」
「篠原に監視されてんの知ってる?」
「監視じゃねえよ!」
「あれ完全にヤキモチだろ」
「あるわけ――」
言い切る前に、また視線が刺さった。
ミオだ。机に突っ伏してプリント見てるふりして、こっちを斜めに見てる。
「……」
「なぁ? なんだよ。」
「何でもない」
「じゃあ何」
「……ただの幼なじみ」
「幼なじみが四六時中観察するか?」
「それは――」
反論の言葉がない。
午後、俺が教室を出ようとしたら、廊下の端にミオが立っていた。
腕組みして壁にもたれている。
「なあミオ――」
「二回目の練習、しない?」
「なんでおまえから誘うんだよ!」
「昨日のより、上手くならないと。……成功率が下がる」
「成功率ってなんだよ!」
「私は合理主義」
「合理主義が練習を指定すんな!」
けど、なんだろう。
その誘いが、ちょっと嬉しい。
自分で自分に引いた。
「どこでやるんだよ」
「河川敷」
「昨日と同じ場所かよ!」
「ルーティンは大事」
「アスリートか!」
ミオはツカツカと歩く。まるで結論ありきの速度。
俺は追う。
河川敷は、夕方の光で黒く沈みかけていた。
昨日より少しだけ風が強い。
「ほら、立って」
「なんか怖ぇよ今日のおまえ」
「練習は真面目にやるもの」
「昨日もだろ!」
ミオは俺の正面に立つ。
昨日より近い。指先が触れそうだ。
「ほら。好きって言いなよ」
「毎日それ言わすのかよ!」
「習慣化。言語は訓練」
「語彙よこせ!!」
でも、言わなきゃ進まない。
「す、好きです。つ、付き合ってください」
昨日より声が震えたのが、自分でもわかった。
ミオが、ほんの一瞬目を閉じる。
「声――よかったよ」
褒められた。
「……明日の本番、その声で橘さんに言えば?」
「なんでそこで橘だよ!」
「応援」
「応援の態度じゃねえ!はぁ、返事は」
「……うん」
「また本気っぽい!」
「本気じゃない」
「声が優しい!」
「優しくない」
「ある!」
「ない」
ミオはくるっと後ろを向く。髪がふわっと揺れた。
その背中が、寂しそうに見えた。
「ミオ?」
「――ほんとは」
「うん?」
「練習じゃなくて……って思っ――」
「聞こえねえよ!」
「もういい」
会話がぶつ切りになった。
ミオはポケットに手を突っ込み、橋の向こうを見た。
「なあミオ」
「何」
「その……今日、不機嫌だったの、なんで?」
ミオは一瞬だけこっちを見た。
その目は、ふてくされて、怒って、少し潤んでた。
「知らない。私はそんなの知らない」
「知らないって――」
「ユウが橘さんと話してると、胸がムカムカするけど、知らない」
「なんだよ!俺のこと好きなのかよ!」
「違う」
「違わない!」
「違う!」
「じゃあその胸のムカムカは何なんだよ?」
ミオは俺をにらむ。
でも、声は弱かった。
「知らないって言ってる」
「知らないじゃなくて――」
「もういい」
ミオはくるっと向きを変える。
「帰る」
「ちょ、待てよ!」
呼び止めようとして、言葉が詰まる。
ふと思う、なんて呼べば正しいのか、わからない。
ミオは数歩だけ歩いて、足を止めた。
「ユウ」
「なんだよ」
「明日も学校でしょ」
「ああ」
「……その声、誰に使うの?」
振り返らず、聞かれた。
「──決まってるだろ」
言うつもりだった。
橘って。
でも、声が出なかった。
ミオは顔を隠して小さく笑った気がした。
「じゃあ、また明日」
それだけ言って歩き出す。
背中が夕焼けに飲まれていく。
俺は追わなかった。
その光景に何故か胸がムカムカした。
これは、違う――と言い張りたいけど。誰にも届かない。
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