第10章ー1 神殿の丘

 ドラゴンとは実に途方もない怪物である。宇宙の始まりの時には万物を飲み込まんとする程の桁違いの大きさと強暴さで渡り歩き、まだ荒々しかった世界を安定させるためにその体を使って調整する役割を担っていた。今や天や海や地中に至るまで世界に様々な竜が潜んでいるが、それは人類の脅威となったり、神として祀り上げられたり、時に神に歯向かったり、またある時代では魔王として君臨したこともあった。神話や伝承における重要なファクターとして、ドラゴンは長く人に恐れられ、嫌われ、敬われ、崇められた存在となってしまったが数々の崇敬の対象とされたモノの中では実に贅沢といえる。では、神はそんなドラゴンを望んで生み出したのであろうか?ドラゴン達は自らの役目を本当に理解して顕現したのであろうか?ただお互いが存在するだけでしかなかったはずがお互いの脅威に気付き始めて時に争い、段々と棲み分けていったのかもしれない。どちらにしろその存在は人の畏れの対象に違いない。


「それでは!次なる対戦者は誰か?宣告の行方は果たしてー?」

 モーヴィスの声高なアナウンスにゼクスタザトスは鼻を鳴らす。

「フンッ!忌々しい神を討ち果たしてやりたいが、まず先に仕留めるべき相手が余にはいる。そうであろう!『勇者』シングー!」

「望むところだ!『魔王』ゼクスタザトス!いざ、・・・。」

「待て!勇者よ。」

 シングーがゼクスタザトスの宣戦布告を受けようとすると、それをベルベットが止めに入る。

「貴殿らの戦いは世界の要。万が一、魔王に軍配が上がれば残った人類はアタシが背負わなければならぬ。超越者たるエンドの勝利を目にした今、まずはこのアタシに行かせてくれ。『姫騎士』ベルベットは『竜帝』ヘヴンズゲートに宣告する!」

「ベルベット嬢!何を言っている⁉」

「シングー殿、アタシと貴殿ではおそらく人類の選別がされている。男か女かではなく、神の寵愛を受ける者とそうでない者だ。シングーのような神の加護を受けるべき人類が残っていなければ、人類の今後に希望があるとは思えぬ。ならば、アタシはこの身が天に及ぶかを貴殿の前に証明したいのだ。」

「まさか⁉そんなことは・・・。」

 ベルベットの推測による思惑と決意にシングーは戸惑い、否定することが憚れてしまう。ゼクスタザトスは興が削がれたのか、他に思う所があるのか、ベルベットをただじっと見つめている。

「・・・小娘が言うではないか。どうするかね?ヘヴンズゲート!淑女の誘いを断る無粋者であるか?」

「だが魔王よ!」

 ゼクスタザトスがヘヴンズゲートを挑発するのをシングーは止めようとするが、

「かまわん。我、『竜帝』ヘヴンズゲートは『姫騎士』ベルベットの宣告を受けよう。」

 慌てるシングーの発言を止めてヘヴンズゲートは宣告を了承した。改めてベルベットはヘヴンズゲートに向き直って宣告する。

「場所は神々を祀る神殿の丘にする。異論はあるか?」

「ない。瞬で終わらせてくれるわ!モーヴィス!」

「畏まりました!第8回戦!『姫騎士』ベルベットvs.『竜帝』ヘヴンズゲート!戦場は神殿の丘!御二方にご武運を!レディファイト!」


 様々な神や偉人達を祀っている厳かながら廃れている大きな神殿の中に、女騎士と大きな竜が降り立つ。ヘヴンズゲートは辺りを見回して疑問を口にする。

「おや?神殿と聞いていたが、ここはやけに静かであるな。人払いでもしてあるのか?」

「ここはかつて神々を祀るために建てられたが、かねてより戦争が繰り返されて人々が別の土地に都市を構えたことでここを訪れる人の足が遠のいた今、ちょっとしたダンジョンとして形を残すのみだ。決まった日以外はこの地を訪れる者は少なく、碌に管理されずに放置されている有様だ。」

 ベルベットの言葉にヘヴンズゲートは眉間に皺を寄せて吐き捨てる。

「フンッ!やはり、人間は愚かだ。原罪を負ってからというもの何も変わっておらん!」

「・・・おしゃべりはこのくらいにして、決着をつけようか?『竜帝』ヘヴンズゲート。『姫騎士』ベルベット・ラブキッス、参る!騎士の礼『アレス』!」

 ベルベットは武装強化をしてバルムンクを構え、

「撃ち克て!『フードルフレッシュ』!」

 紫電一閃!バルムンクをヘヴンズゲートに向けて素早く突っ込んでいく。

「馬鹿め!鱗尾斧の鞭打『アックステールウィップ』!」

 だが、ヘヴンズゲートは固く尖った金と銀の色をしている鱗を逆立てた尻尾を振り回し、剣撃を防ぎながらベルベットに打ち込んでいく。

「チッ!防げ!聖夜の盾『ワルプルギスバックラー』!」

 ベルベットは奇襲が失敗したと分かると盾を駆使して打撃を防いだ。

「穿て!『エトワールプリーズドオフェール』!」

 ベルベットは煌めく光剣でアックステールウィップの攻撃を払い、盾で鋭利な打撃を防ぎながら後退する。ヘヴンズゲートは小馬鹿にするような声音で声をかける。

「建物の中でなら動きを封じることができると思ったのだろうが、我の力を見くびるな!全てを消し炭にしてくれる!浸蝕する竜の灼熱『ドラゴンブレス』!」

「くっ!流水よ!アタシを護れ!清浄なる泡沫の囲い『フラッシュガーディアン』!」

 ベルベットは盾を構えると、水魔法による水の膜の層を作って結界を張りドラゴンブレスを防ぐが、神殿の中はあっという間に火の手が回っていく。ベルベットが急いで距離を取って神殿の柱の影に逃げ隠れヘヴンズゲートの様子を窺うと、ブレスの熱は段々とヘヴンズゲートの羽のような霜を解かしていき紅く強靭な鱗が煌めきだしていた。鎌首をもたげたヘヴンズゲートは大きく口を開けてベルベットに迫る。

「一飲みに逝け!豪放なる噛み付き『ドラスティックバイト』!」

パシ―――ン!バンバンバンッ!

 ヘヴンズゲートの巨大な口と牙が神殿の柱を砕きベルベットを飲み込もうと激しく打ち鳴らされるが、ベルベットは盾と剣を操ってドラゴンの顎を翻すと同時に回避の呪文を唱える。

「纏え!『トルビヨンボンナリエール』!」

 ベルベットは風魔法で身を守りながら後退していき風を使い高く跳躍して空中に浮くと、自らを回転させながら呪文を唱える。

「瀑布なる剣の波動よ!『カスケードプンゴラーレ』!」

 ベルベットの周囲に水柱が登り、大木を穿つ威力のある水弾を飛ばして辺りの炎をかき消していく。赤い竜の姿に戻ったヘヴンズゲートは思わず嘆息して、

「ほほう!塞げ!焦熱の紅き壁『ファイヤーウォール』!」

 ヘヴンズゲートは翼を操って竜巻を起こして炎の壁を作り出していく。さらに、ヘヴンズゲートは角に捲いた『虚滅主の帯』に手を置いて求める。

「我を獄炎の鎧で覆え!『アーマードヘルフレイム』!」

 ヘヴンズゲートの体に炎が纏わりつき、燃え盛るような大きな鎧を形作っていき水弾の威力を抑えながら戦いに備える。そして、ファイヤーウォールのほとんどを消火したベルベットが焼け焦げた床に降り立つと、ヘヴンズゲートは称賛の声を上げる。

「人間にしてはたいしたものよ。ドラゴンスレイヤーは伊達ではなかったようだな。」

「お褒めに預かり光栄だ。もっと早くに貴殿を倒すつもりだったのだが。」

 ヘヴンズゲートの見下した発言に皮肉で返したベルベットに対して、ヘヴンズゲートは激昂して青玉の宝玉に手を翳す。

「調子に乗るな!虫けらが!最強生物たる我によって無惨に潰されるがいい!『星涙の青玉』よ!我に力を与えん!雷と雹の化身を我に顕現せしめよ!」

 『星涙の青玉』の輝きでヘヴンズゲートが大きく膨れ上がり、七つの首が伸びて三対の翼を羽搏かせると、神殿の天井を押し上げながら破壊して外壁を崩し、7つの口からドラゴンブレスをあちこちに噴き出す。

「天を焦がせ!竜獄の憤火『ドラゴンエリュープション』!」

 ゴゴゴゴゴゴゴオオ!ドドドドドドッ!

 神殿の丘の周りは火の海になって黒煙があちこちでモクモクと立ち昇っていき、赤々とした地上は空に映り雷雲が天を覆って稲妻を走らせている。ベルベットは倒壊していく神殿から外に出ると、辺りの終末の様相を目の当たりにして空に向かって叫んだ。

「時が来た!アタシの元に来たれ!『ペガサス』!」

 すると、空から翼の生えた天馬が疾風の如く駆け降りベルベットの側に駆け寄ってきた。

「ヨーシヨシ!お前が無事でよかった。この地にて再会を約束通り果たしたぞ。」

 かつて、自国の宰相から疎まれて僻地へ任官されたばかりのベルベットは鬱憤を晴らすためにアイギスの鎧を手に入れようと道中にあった神殿の丘のダンジョンをメロリスとともに攻略して、宝物殿に辿り着いた際、そこで繋がれていたこのペガサスを憐れんで解き放った。当時、ベルベットは赴任先での不信の目を避けるために付いていきたがるペガサスを宥めて、ベルベット自身が危機に瀕した時には神殿の丘での再会を約束して別れたのだ。

「さあ、行こう!アタシらで竜帝を倒すのだ!ギャロップ!」

 ベルベットは束の間の再会を喜んだペガサスに跨り、空中でヘヴンズゲートと睨み合う。

「オイオイ!そいつはペガサスか!」

「神聖を帯びていたおかげで消滅からは逃れたようだな!」

 囃し立てるヘヴンズゲートに向けてベルベットはバルムンクを構える。

「すでに事がなった。アタシもあらゆる手段を使って貴様を倒す!ヘヴンズゲート!」

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