落ちこぼれ騎士の「花嫁騎士団《ブライド・ナイツ》」

茶毛

1章:プロローグ「魔剣と五体の氷像」


『もし、過去を変えられるとしたら。⋯⋯君は、何を変えたい?』


 わからない。この選択が正しいのか、正しくないのかなんて、僕にはわからない。


 敵はほとんどこちらに引き付けたはずだ。僕の部下たちは、きっと逃げ延びることができただろう。

 僕の体には、四本の矢が刺さっている。三本はこの体を貫通し、もう一本の鏃は体内に残ったままだ。


(いっそ、貫通してくれていればな⋯⋯)


 そう思うのは、鏃に毒が塗ってあったからだ。すでに指先は痺れ、剣はとうに落としてしまった。

 逃げ延びた先で、この洞窟を見つけたのは幸いだった。⋯⋯敵がここに気づかなければ、の話だが。


 重たい体を引き摺るように、僕は洞窟を進み続ける。なんの意味があるのかは、もうわからない。

 もう終わりだ。いずれは毒が全身に回って、僕は死ぬだろう。もういい。もういいんだ。これで、終わりになったって。


 それでも、歩みを止めることはしなかった。何かがあるかもしれない。助かるかもしれない。そこに希望が、あるのかもしれない。


 もういい、と言いつつ、とても恐ろしいのだ。このまま死ぬのは。死にたくない、怖い。誰か、助けて。今すぐにでも泣き喚き、叫び出したいのに、残念ながらそんな体力も気力も、無い。

 手足の感覚が無くなってきた。視界が白く霞んでいく。俯き、壁に肩を支えてもらいながらも進んでいくと、いつの間にか岩石だった足元が、氷の床になっていた。


(⋯⋯氷⋯⋯? なぜ⋯⋯?)


 顔を上げると、視界が白銀に染まった。そこは、洞窟の中とは思えないほど、荘厳な空間にたどり着いた。

 床、壁、天井、全てが氷に覆われた聖堂のような空間。洞窟のはずなのに、どこからか光が乱反射して七色に輝いている。

 見るからに凍えるような空間にも関わらず、寒さを感じず、むしろ優しい暖かさを感じるほどだ。

 氷の聖堂の中心には、円卓のような祭壇がある。中心部には一本の剣が刺さっており、それを見守るように、5体の氷像が囲んでいる。


『もし、過去を変えられるとしたら。⋯⋯君は、何を変えたい?』


 僕は、死にかけているこの体に鞭を打って、剣の元へ進む。

 もしかしたら⋯⋯、もしかしたら。助かるかもしれない。視界の端はもう見えず、その中心に剣を見据えるのみ。手足の感覚はもう無い。それでも、這いずるように、剣の元へと這い進む。


 やっとの思いで剣の側まで辿り着くと、僕は残った力を絞り出し、剣に手をかけて、立ち上がる。震える足に喝を入れ、なんとか、剣の柄を、握った。

 そして、


『⋯⋯もし、』

 僕は、


『⋯⋯過去を』

 柄を握った手に、


『⋯⋯変えられるとしたら』

 最後の力を込め、


『⋯⋯君は』

 思い切り、


『⋯⋯何を、変えたい?』

 剣を、引き抜いた。



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