第5話 カナリーイエローを足して
授業もそこそこに始まった二学期初日。
夏芽は午前の授業の終鈴が鳴ると、いつものように教室を出て、社会科準備室に向かう。
この夏は家に閉じこもったまま、勉強か絵を描くかしていなかった。
母親以外と会話をしなかったためか、声が喉に張り付いてまともに人と会話できなかった。
高山が来てくれるか不安と同時に、高山と話せるのではないかと楽しみにしている自分に苦笑いを浮かべる。
準備室の扉を恐る恐る開くと、そこにはまだ誰もいなかった。
「来て、ない」
ため息を吐きそうになった瞬間、後ろから声をかけられる。
「誰が来てないんだ?」
驚きで声が出るのを我慢しながら振り抜くと、そこには高山が立っていた。
「せん、せ……」
「ここで立ち止まってたらバレちゃうよ」
「は、はい」
夏芽は慌てて準備室に入る。
いつものようにスケッチブックを広げ、昼食もそこそこに、夏芽は絵を描き出す。
高山はそんな夏芽を見て、思い切って口を開く。
「……美大には行かないのか?」
「……俺がですか?」
高山の想像もしていなかった言葉に、夏芽は目を見張る。
そんな夏芽を見ながら、高山は苦笑いを浮かべた。
「ここには僕と鈴山しかいないよ」
夏芽は顔を伏せながらポツリと呟く。
「美大なんて、無理ですよ……だって、才能ないし」
「そんな風には思わないけど」
「先生は、優しいですね……インターネットって見ますか?」
「まあ、息抜きの時に少し見るくらいかな」
ほとんど嘘だった。
SNSに自分の写真が無断で載せられていたことがあり、意識してインターネットは見ないようにしていた。
「……あそこには俺より絵が上手い人達がたくさんいるんです。……誰かに絵を見せる勇気がない俺とは違って、評価されることを恐れない人達がたくさんいる……」
俯く夏芽の表情は、よく見えない。
「鈴山は自分の絵が評価されるのが怖いのか?」
「怖い、です……俺がよく描けたって思った絵は、誰かにとっては駄作だから……」
高山はその言葉にわずかな怒りを覚える。
自分を描いたあの絵が駄作とは思えなかった。
「僕はそうは思わないよ」
「え?」
「鈴山が思ってる以上に、鈴山は絵が上手いよ。前に僕を描いてくれただろ、正直驚いたんだ。僕本来の姿をまっすぐ描いてくれた。嬉しかったよ」
「そん、なことは……」
今度は照れたように顔を伏せる夏芽に高山は面白さを感じる。
高山の中に一つの学校行事が思い浮かぶ。
良いことを思いついた、と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「文化祭でさ、鈴山の絵を展示してみないか?」
「え、え、いや俺の絵なんて」
「僕は見たいよ、鈴山の絵。それにいろんな人に見てもらえるチャンスだよ。そこから自信に繋がるかもしれないし」
全て本心だ。
素人目から見ても、鈴山には絵の才能がある。
「……先生が、言うなら」
自信なさげに下げられた眉の下には、どこか決意が宿ったような瞳があった。
高山は、その視線に心地よく射抜かれる。
「楽しみにしてる」
その日から夏芽は展示の絵について考えた。
描きたいものはたくさんあるが、その中で展示映えするモチーフは何か考え込む
(いつも以上に、真剣に描かなきゃ)
夏芽の頭には、絵の具を撒き散らしたかのような色彩が広がっていた。
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