第11話 帰るために、作る
装置の前で、俺は静かに息を吐いた。
地下拠点最奥。
魔法使いがかつて“理論上は可能”として放置した、転移研究区画。
埃を被った魔法陣。
未完成の式。
誰も完成させなかった装置。
「……やっぱり、無理か」
端末に映る数値は、はっきりしている。
今の技術では――
帰還は不可能。
だが、それは「否定」ではない。
転移現象は、偶発だった。
だが偶発には、必ず条件がある。
問題は単純だ。
条件が複雑すぎる
再現に必要な制御精度が、この世界に存在しない
魔法使いは、ここで諦めた。
なぜなら――
再現性が低い研究は、管理に向かないからだ。
「……だから、止まった」
魔法は個人技だ。
一度成功すれば、それで終わる。
でも、技術は違う。
一度失敗しても、
次に積み重ねられる。
「顧問……」
ユズが、静かに声をかけてきた。
「やっぱり、帰れませんか?」
問いは、重い。
だが、俺は首を横に振らなかった。
「“今は”無理だ」
端末を、彼女に見せる。
「でも、理論は壊れてない」
「必要なのは、制御精度と観測能力」
「……あと、時間だ」
ユズが、目を見開く。
「時間?」
「文明の時間」
個人の人生じゃない。
積み重ねる時間だ。
俺は、決めた。
「帰還研究を、凍結しない」
「むしろ――正式に進める」
「……本気、ですか?」
「ああ」
未来予知は使えない。
身体も、万全じゃない。
だからこそ、選ぶ。
「一人でやらない」
「俺が死んでも、続く形でやる」
それは、魔法使い社会が
決してやらなかった研究の仕方だった。
転移理論は、魔法単体では足りない。
魔力位相の超精密制御
空間定数の測定
異世界間の差分記述
どれも、魔法使いにとっては面倒で、非効率で、割に合わない。
だが、俺にはわかる。
これは――
文明を一段階引き上げる技術だ。
帰るための技術は、
この世界を変える技術でもある。
「顧問」
ユズが、少し困ったように笑う。
「帰るために、世界を発展させるって……」
「ずいぶん、回りくどいですね」
「そうだな」
俺も、少しだけ笑った。
「でも、それしかない」
魔法使いは、近道しか見なかった。
だから、遠くへ行けなかった。
俺は――
遠回りでもいい。
その日、研究計画が更新された。
【長期計画】
・異世界転移現象の技術的再現
・魔力理論と物理理論の統合
・世代を跨いだ研究継承体制の構築
個人の帰還願望は、
文明プロジェクトに昇華された。
夜。
拠点の灯りを見下ろしながら、俺は思う。
帰りたい。
それは、嘘じゃない。
でも――
帰るために、この世界を壊す気はない。
「……やることは、山ほどあるな」
魔法使い社会は、もう戻らない。
魔法少女は、政治と技術を担う。
その先で――
帰還技術が完成するかもしれない。
しないかもしれない。
それでもいい。
積み重ねた文明は、無駄にならない。
帰るために、作る。
世界を、進める。
それが、俺の選んだ道だった。
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