第7話 「襲撃者現る! でも私の方が強いので問題ありません」
王立学園・正門前。
そこは、建国以来三百年の歴史を誇る、王国の未来を担う貴族の子弟たちが集う学び舎だ。
威厳ある煉瓦造りの校舎は、
馬車止めには、各家紋入りの豪華な馬車が列をなしていた。
その中で、一台の異質な馬車が到着した。
馬がいない。
代わりに、後部に搭載された魔導機関が静かな唸りを上げている「自走式魔導馬車」だ。
アシュトン公爵家が開発した最新鋭の試作機である。
「見て、あれがアシュトン家の……」
「馬も使わずに鉄の箱を走らせるなんて。なんて無粋な」
「成金趣味もここまでくると滑稽だな」
周囲の生徒たち――特に、古風な礼服を着た「保守派」の貴族の子弟たちから、あからさまな侮蔑の視線が突き刺さる。
車内で、アリアは小さくなっていた。
「……めっちゃ見られてますけど」
「胸を張りなさい、アリア。あれはただの嫉妬です」
対面に座る侍女姿のローズマリーは、涼しい顔で紅茶を啜っている。
その隣には、無表情なメイドのカミーラが、タブレットのような魔導端末を操作していた。
「ローズマリー様。本日の株価ですが、昨夜のマリア様(アリア様)の『魔道具暴発騒ぎ』のおかげで、当家の軍事部門の株が3%上昇しています」
「あら、怪我の功名ですね。……アリア、貴女の破壊活動も少しは役に立ったようです」
「えっ、じゃあボーナスとか……」
「ありません。それはシャンデリアの弁償代に消えました」
アリアがガックリと肩を落とすと、ローズマリーは真剣な表情で窓の外を見た。
「いいですか、アリア。この学園は『王国の縮図』です。土地と権益にしがみつく古い保守派貴族(醜い豚ども)と、公爵家のように魔導産業で国を富ませようとする新しい改革派貴族。この二つの派閥が冷戦状態にあります」
「冷戦……」
「貴女は改革派の旗印である『アシュトン家の令嬢』。当然、保守派の生徒たちからは目の敵にされます。……決して、手を出してはいけませんよ? 貴女が暴れれば、それは政治問題になりますから」
「ラジャー! 地味に、目立たず、空気のように過ごします!」
アリアは敬礼し、車を降りた。
しかし、彼女は知らなかった。
公爵令嬢が入学した時点で、トラブルの方から全力ダッシュでやってくるということを。
◇
一年Aクラス。
教室に入った瞬間、喧騒がピタリと止まり、空気が凍りついた。
アリアが自分の席に向かう間、腫れ物のように生徒たちが道を空ける。
「あの方が、シャンデリア・クラッシャー……」
「噂では、気に入らない相手を魔道具で爆破するらしいぞ」
「顔色が真っ白だわ。死神みたい」
アリアは引きつった笑顔で席に着いた。
針のむしろだ。
(早くお弁当の時間にならないかな)
アシュトン家のシェフが持たせてくれた「特製カツサンド」のことだけを考えて現実逃避する。
そんなアリアの机に、大きな影が落ちた。
「ごきげんよう、マリア・アシュトン様」
頭上から降ってきたのは、砂糖菓子のように甘ったるく、そして毒針を含んだ声だった。
顔を上げると、見事な縦ロールの金髪を揺らした、いかにも気が強そうな令嬢が立っていた。
後ろには取り巻きを二人従えている。
「あ、ごきげんよう……えっと……」
「私の名前を知らないと? 失礼な方。私はイザベラ・フォン・ローゼン。保守派の筆頭、ローゼン侯爵家の娘ですわ」
イザベラは扇子で口元を隠し、冷ややかな視線でアリアを見下ろした。
「単刀直入に申し上げますわ。貴女のような『油と鉄の臭いがする家』の娘が、アルベルト殿下の婚約者だなんて認められません。殿下は、高貴な伝統を受け継ぐ家柄の方と結ばれるべきです」
「は、はぁ……(油臭いのは昨夜のマッサージオイルのせいかな?)」
「聞いているのですか! これだから成金は!」
イザベラがヒステリックに叫ぶ。
教室の空気が張り詰める。
これは単なる生徒間のいじめではない。
親たちの政治的対立の代理戦争。
その様子を、教室の後方から静かに観察している集団がいた。
帝国の留学生たちだ。
「……王国の貴族は、内輪揉めがお好きなようだ」
「隙だらけですね。これなら、我が国の『資本』が入り込む余地は十分にある」
彼らが小声で話す内容は、アリアの耳には届かない。
「話は終わっておりませんわ!」
イザベラが指を鳴らす。
すると、取り巻きの一人が詠唱を始めた。
「『水よ、不浄を洗い流せウォーター・ボール』!」
初歩的な水魔法だ。
水塊が、アリアの顔面めがけて放たれた。
直撃すればずぶ濡れになり、化粧(病弱メイク)も落ちて大恥をかく。
(魔法!? 危ない!)
アリアの野生の反射神経が反応した。
(避ける? いや、避ければ後ろの席の高そうな花瓶が割れちゃう!。 防ぐ? 手で払えば「病弱設定」が崩れる!?)
その刹那、アリアの脳裏に閃きが走った。
「――っくしゅん!」
アリアは盛大にくしゃみをした。
ただし、ただのくしゃみではない。
驚異的な肺活量と瞬発力を利用し、口から「
ドォン!!
くしゃみの風圧が、迫りくる水塊と正面衝突する。
水塊は空中で弾け飛び、霧となって逆流した。
「きゃぁぁっ!?」
イザベラたちが、自分たちの放った水魔法の余波を浴びてずぶ濡れになる。
美しい縦ロールが、濡れた犬のようになってしまった。
「あ、あら? すみません、埃っぽくて……」
アリアは鼻をこすりながら、あくまで偶然を装った。
教室中がどよめく。
「み、見たか? 今、無詠唱で風魔法を……」
「くしゃみ一つで魔法を相殺したぞ……!」
「やはりアシュトン家の『病弱』は、魔力が強すぎて身体が耐えられないという意味だったのか……!」
誤解が光の速さで加速していく。
イザベラは濡れた髪を振り乱し、鬼の形相で叫んだ。
「おのれ……! ただでは済ませませんわよ! ローゼン家の力を見せてあげます! やりなさい!」
イザベラが懐から取り出したのは、呼び寄せの魔石だった。
召喚されたのは、実験用の小型ゴーレム。
教室がパニックになる。
だが、その騒ぎに紛れて――殺意を持った「本物の凶刃」が迫っていた。
ヒュッ。
教室の窓の外、庭木の陰から、鋭い
イザベラの騒ぎはただの目くらまし。
(あ、殺気。ナイフだ)
アリアの世界だけが、スローモーションになる。
正面からは暴れるゴーレム。
横からは飛来する毒塗りのナイフ。
絶体絶命の挟み撃ち。
アリアは「わざと」足をもつれさせた。
「わぁっ! 足が滑ったぁ!」
ドタンッ!
アリアが派手に転ぶふりをして、身体を沈める。
その頭上を、ゴーレムの拳と、暗殺者のナイフが交差した。
ガギンッ!
ナイフがゴーレムの動力核(眉間)に深々と突き刺さる。
「グォッ!?」と機能を停止して崩れ落ちるゴーレム。
アリアは倒れ込んだ勢いを利用し、近くにあった教卓の脚を蹴り飛ばした。
バコォンッ!
蹴られた重厚な教卓が、砲弾のように窓へ飛んでいき、窓の外に潜んでいた暗殺者の顔面にクリーンヒットした。
「ぐべぇっ!」
という情けない声と共に、黒装束の男が中庭の噴水に落下していく。
静寂。
アリアは「痛い痛い」と言いながら、ゆっくりと起き上がった。
「転んじゃいました。……あれ? ゴーレムさんが止まってる?」
教室はパニックを通り越して、静まり返っていた。
生徒たちの目にはこう映っていた。
マリア様が優雅に身を屈めた瞬間、襲ってきた魔獣が自壊し、同時に窓の外の不審者が吹き飛んだ、と。
まるで、見えない守護霊に守られているかのように。
「ひ、ひぃぃぃ……!」
イザベラが腰を抜かして後ずさる。
「ち、近づかないで! わ、わたくしの負けですわ!」
イザベラたちは悲鳴を上げて教室から逃げ出した。
「え? あ、待って! お昼ご一緒しませんかー?」
◇
放課後・中庭。
噴水の中で気絶していた暗殺者の男は、既に猿ぐつわをされ、縛り上げられていた。
その前に立つのは、カミーラだ。
彼女は無表情で男の所持品を検査している。
「……ローズマリー様。この男、保守派の下級貴族に雇われた三流の殺し屋ですが、所持品に妙なものが」
カミーラが差し出したのは、一枚の硬貨だった。
王国のものではない。赤みがかった金貨。
「これは……隣国の『ヴァン・ルージュ商会』の記念硬貨ですね」
ローズマリーが眼鏡を光らせて呟く。
「保守派の資金源に、隣国の新興資本が流れている……? ただの貴族の権力争いかと思っていましたが、裏に『ベアトリス・ヴァン・ルージュ』の影があるとなれば、話は別です」
ローズマリーは、遠い隣国の空を見つめるような目をした。
「アリア」
「は、はい! 私は何もしてません! 転んだだけです!」
アリアは必死に弁解した。
ローズマリーはアリアに歩み寄り、その乱れた襟元を優しく直した。
「……ええ、そうですね。貴女はただ転んだだけ。素晴らしい『ドジ』でした」
「えっ、褒められた?」
「ですが、教卓の破壊費用と、中庭の噴水の修繕費。これは貴女の給料から引いておきますね」
「やっぱりぃぃぃ! タダ働きはいやだぁぁ!」
アリアの悲痛な叫びが、夕暮れの学園に響く。
こうして、アリアの学園生活は「最強の悪役令嬢(誤解)」という二つ名と共に、国の闇へと足を踏み入れながらスタートしたのだった。
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次回予告: 学園での騒動も束の間、ローズマリーが「ご褒美」を用意してくれることに。 「今日は特別に、私の手料理を振る舞いましょう」 「えっ! ローズマリーさんが料理!?」 しかし、その食材は最高級の肉……ではなく、怪しげな光を放つ魔物の肉だった。 「これを食べて、魔力耐性を上げなさい」 そして始まる、夜のトレーニングという名の「調教」。
次回、「報酬(ご飯)の味と、ご主人様の微かなデレ」。
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