此岸より君へ

第一話 "青年"

 スラム街"ガビット"の近くに存在する高い建物が並ぶ街"シートス"。

 その中にある三階建ての建築物の中。

 少し汚い廊下にある木製扉の両脇に黒いスーツを身に纏った男が二人立っていた。

 その手にはリボルバーと呼ばれる拳銃が握られており、何かの異常を察知すればすぐにでも撃てるようにトリガーガードの外側に人差し指を真っすぐに伸ばして置かれている。


「……ん?」


 会話すらない静寂した中で一人の男が何か感じたのか天井を見上げた。

 そこには配管の点検用通路が見える網状の格子が見えるが、見上げても特に異変は見当たらない。


「どうした?」

「いや……何でもない」


 一緒にいた男から急に天井を向いたことへの疑問を抱かれて質問されたが、気のせいだったということにして誤魔化す。

 そんな男が天井から視界を外した瞬間、網状の格子を破壊しながら青年が降り立った。


「なっ!? ぐあっ!」

「!? かはっ!」


 少し汚れた床の上に降り立った青年は扉の両脇に立っている二人に素早く近づき、拳銃を撃つ暇も大声をあげる暇も与えずに一人の顎に後ろ蹴りを叩き込み、そのままの勢いでもう一人の男の顎に回し蹴りを入れた。


「疲れてるでしょ? ちょっと寝た方がいいよ」


 顎に衝撃を加えられて意識を失った男を見ながら軽口を叩く青年は二人が守っていた扉を開けると、意識を失って崩れ落ちた二人の足を持って部屋の中へと放り込み扉を閉めた。

 青年が入った部屋の中には高価そうなソファや大きな木製の机が配置され、机の後ろの大きな人物画が設置されており、青年から見て右側には大きな窓から月明かりが差し込んでいる。

 そんな部屋の中に入った青年は最初に窓へと近づくと、窓を全開にして夜風を部屋の中へと誘い込んだ。


「さて、金庫はどこにあるんだろう」


 窓を開けた後に独り言を呟きながら大きな木製の机に近づき、机に付いている全ての引き出しの中を目視と手で上側を触ったりして確認する。


「……お? これかな?」


 目視では何も分からなかったが、手で引き出しの上側を触っているとボタンのような物を見つけた。

 恐らくこれだろうと考えた青年が押してみると、机の後ろにあった人物画の一部から ガチャリ という音がすると共に少し開いた。

 人物画のお腹辺りが少しだけ開いていたので、指を引っ掛けて開けてみると金庫が置かれていた。

 大きさ的には両手で持てる程度だったので、一度取り出してから木製の机の上に置く。


「さて、パスワードは分かんないから……ぶっ壊す!」


 そう言った青年は拳を振り上げて金庫を殴りつける。

 ガンッ、という拳で金属を殴りつけたとは思えない音が響くと同時に、金庫に仕掛けられていた警報魔法が発動して甲高い音で鳴り響く。


「うる……さい!」


 だが、青年は音を無視してさらに殴りつける。

 そうしてしばらく殴り続けると金属が変形していき、最後には金庫を拳で破壊することに成功した。


「さて、中身は……お、これだ」


 破壊したことで中を漁れるようになった金庫の中身を、警報が鳴り響く中で入っていた紙を冷静に取り出し、中身を素早く確認していく。


「へぇ~、あの商会って人間買ってたんだ。どうりで急に儲け始めたわけだね」


 目的の書類を見つけ出した青年は、書類に書いてあった内容を読み上げて驚いた表情する。

 そんな青年だったが、警報魔法が鳴り響く中でも扉の外から聞こえてきた大きな怒声と足音に気が付いた。


「おっと、とっとと逃げよう」


 そう言って窓の方へと走って行って足を掛けた瞬間、扉が勢いよく開かれて黒い服を着て拳銃を手に持った男達が勢いよく入って来た。


「侵入者だ! 殺せ!」

「遅かったね! じゃあまた!」

「撃て!」


 窓に足を掛ける青年目掛けて男達が持っていた拳銃から火花が迸った。

 だが、男達が引き金を引く前に青年は窓から飛び降りており、銃弾は窓枠に当たって青年には一発も命中しなかった。


「まずいぞ!」

「犯人は誰だ!?」

「灰色の髪をした男だ! 今すぐ殺しに行け!」


 男達の中で一番地位の高いであろう人物は大慌てで窓から飛び降りた青年を追うように命令し、部下が走って行ったのを見た後に部屋の中に転がっている金庫を発見して呟く。


「魔道金庫が……壊されてやがる」


 魔導金庫には拳の痕が何個も付けられており、素手で破壊されたのは明白であった。

 それを理解した男は嫌な汗が噴き出し始める。


「まさか……魔法使いか?」




 ♢




「待ちやがれ!!」

「待てと言われて待つ奴がいるかよばぁ~か!」


 盗むものを盗んだのでとっとと逃げ出したが、意外と対応が早かったようで追いかけっこが始まった。

 手に銃を持った男達が追いかけてくるのを煽って周りを撃たないようにさせながら夜道を走り続ける。


「撃て! 撃ち殺せ!」

「おっと、それは危ないね」


 後ろにいる男達が走りながら銃を構える気配がしたと思った瞬間、火薬の弾ける爆音と共に鉄の弾がいくつも飛ばされた。

 旧式の銃を走りながら撃つのはさすがだが、俺には当たらない。


「はっはっは! へたくそぉ~!」

「ッ…! 殺す!」


 バカにしているとめちゃくちゃ怒って怖い事を言い出した。

 殺されちゃうのかぁ、嫌だなぁ。

 とか考えていると何度も何度も火薬の弾ける音が聞こえてきた。


「なんで当たらねぇ!?」


 後ろで男達がどれだけ銃を撃っても俺に当たらない事に苛立っている。


「君たちが下手なんじゃない!?」

「ッッッ!!!」


 軽口を発していると男達から声にならない怒りを感じる。

 その後も適宜煽りつつ逃げるが、そろそろ撒きたいので行き止まりではないはずの狭い路地裏へと入り込む。

 路地裏にはいくつものゴミが散らばっており、中には人間の体の一部であろう物体も見える。


「お腹減ってるでしょ! これあげるよ!」

「うおぉお! くっせぇ!」


 路地裏に入っても男達が追いかけてきたので、路地裏に転がっていたゴミを何個か後ろにプレゼントしておく。

 きっと走り回ってお腹減ってるだろうし。

 飛ばしたゴミの中には腐った腕みたいなのもあったけど、まあ食べられないことはないから大丈夫でしょ。

 微塵も美味しくないけど。

 そんな俺のプレゼント攻撃が先頭を走っていた男達の顔に直撃して足が止まったみたいだ。

 しかも、先頭が止まったせいで後ろからぶつかられて連鎖的に倒れている。

 これで振り切ったな。

 そう思いながら狭い路地裏を駆け抜けて脱出すると。


「動くな」


 路地裏の出口を囲むように複数の男達が小銃をこちらに向けており、その中で唯一銃を持っていない一人が制止命令を出してきた。


「その手に持っているものを渡せ」


 命令を出して来た男が俺の手に持っている紙を見ながら命令してくる。

 この状況はマズいな。少し時間を稼ぐか。


「そんなに大事なの? これ」

「貴様には関係のない事だ。死にたくなければ地面にそいつを置いて離れろ。そうすれば助けてやろう」


 はは、どうせこれを渡しても俺の事は殺すつもりのくせによく言うね。

 ただまあ、俺の時間稼ぎに付き合ってくれたのは感謝するべきか。


「ははっ! 渡せって言われて素直に渡す奴がいるわけないでしょばぁ~か!」

「っ! 撃て!」


 逃げ出す準備が整ったので軽口を叩きながら踵を返した瞬間、こちらに向けられていた全ての引き金が引かれて火薬の破裂する音が辺りに響き渡った。


「なっ!?」


 火薬が破裂して銃弾が飛び、生意気な小僧は穴だらけになる。

 そのはずだったが、実際に穴が開いたのは銃を持っていた男達だった。


「ぐぁああああ!!」

「いてぇ! いてぇよぉ!!」


 至近距離、それも狙いを付けるために顔を近づけていたせいで顔面に破片が命中して穴が開いている男達。

 何人かは銃口が破裂するくらいで済んだようだが、もうあの銃は撃てないだろう。

 踵を返した俺は路地裏に入って両側の壁を蹴って屋根へと上がり、上から悶え苦しんでいる男達を見下ろす。

 めちゃくちゃ痛そうだけれど死んでるやつはいなさそうだな。


「じゃあね! 楽しかったよ!」

「待て!」


 男達の悲鳴の合唱が聞こえる中でお別れの挨拶をした俺は、唯一無事だった男の制止の声を聞かなかったことにしてその場を後にする。


「さて、書類は無事かな?」


 独り言を呟きながら手に持っている紙に傷が入っていないかを確認しようとして紙を広げる際に、右腕にある傷跡が目に入った。


「あれから五年か……俺も成長したな」


 傷跡を撫でてしばらく昔を懐かしんだ後に、持っている紙をしっかりと確認し始める。

 見た感じ穴は開いていないし欠けもないが、少しだけ切れている部分があるのを見つけた。


「あー、まあ読むのに問題はないし大丈夫か。これくらいなら満額払ってくれるでしょ」


 今回の仕事でもかなりの収入を得れそうだ。これでまた一歩、夢に近づいたな。

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