刈人さんたち!
住吉スミヨシ
呪いの手帳
ここは刈人隊第四支部。
マニュピレーター気質の強い上司(稲波)の元、隊士たちは日々業務や訓練に励んでいます。最近穂鷹という新しい仲間も加わり、五名体制となってより賑やかさを増してきた蕾鹿隊です。
***
「あ、葉鳥。来週いよいよ穂鷹の筆記試験だけど進捗はどう?」
「稲波隊長。今のところ順調です。隊律知識の方に入ってきたので苦労しているようですが、自習も頑張っているようです」
稲波はふむ、と思案するように顎に手を当てる。
「隊律か……。葉鳥の作ってる土雉さんのまとめ資料あるじゃない、あれを使ったらいいんじゃない? 父親が絡んでる資料のほうが穂鷹もやる気が出るでしょ」
「そんなものはないです」
「いや、あるでしょ。夜な夜な資料室で模写して一冊にまとめたやつが」
「何のことでしょうか。記憶にないですね」
「あるよ」
「ないです」
「あるって」
「しつこいですね……あれは日記のようなものなので出せません」
「やっぱりあるんじゃん」
葉鳥は思わず舌打ちをした。
「お、葉鳥も舌打ちとかするんだね」
「いえ、昼に食べたもやしが奥歯で取れなくて。失礼しました」
「すごい言い訳するじゃん……」
「――なんかあそこの圧すごいですね。何話してるんだろ」
「来週試験だから、その件で詰められてるんじゃないか? 俺も前日徹夜だったもんなー」
「護穀さん、筆記科目何点でした?」
「え、九百七十点」
「たっか!!嘘でしょ……」
「いや、俺情報入れるのは得意なんだよ。その後三日間寝込んだけど」
「一週間寝込んでもらっていいんで、気遣いと配慮の情報、頭にぶち込んでもらっていいですか?」
「俺、その二つの情報でそんなに寝込むことになるの?」
向かいから穂鷹が腕にたくさんの書物を抱えてやってきた。
「あ。秋月さん、護穀さん、お疲れ様です」
「お、穂鷹お疲れ。どう、調子は。最近遅くまで頑張ってるみたいだけど」
「すごく難しいですけど……葉鳥さんが丁寧に教えてくれるので随分分かるようになってきました。合格できるように頑張ります」
「そうか、体調だけは気を付けてくれよ」
「はい。あの、それでお借りした資料の中に『呪いの本』みたいなものが紛れていて……」
「呪いの本?」
「怖くてちゃんと見れてはないんですけど……これです」
穂鷹は懐からそれを抜き、秋月に手渡した。黒革で出来た、小さな手帳だ。
「誰かの日程帳か?」
秋月は裏を返し、親指でパラパラと頁をめくる。
「九月二十日 天気:曇 今日も嫌味が凄い。隊長の抜け毛が止まらなくなりますように」
「九月二十一日 天気:晴天 楽しみにしていた伊都屋の塩豆大福を護穀さんが食べた。骨折するくらい箪笥の角に足の小指をぶつけますように」
秋月がゆっくりと護穀に視線を流す。
「あ、これ葉鳥のじゃん? 呪いの規模小さくてウケる」
「いや、普通人のもの勝手に食べます……?」
「違う違う、共用土産のとこにあったやつだよ。まあ俺が最後の一つを食べちゃったんだけど」
「穂鷹、これ気付いてないテイで返してあげたほうがいいよ」
「……やってみます」
穂鷹はゴクリと固唾を飲むと、葉鳥と稲波の元に駆けた。秋月と護穀は顔を見合わせる。
「やってみます?」
「なんか嫌な予感がする」
「——お、穂鷹おつかれ」
「お疲れ様です。……あの、葉鳥さん。これ、誰かの、何かの手帳が落ちてました」
ピクリと葉鳥の眉が動く。
(ほ、穂鷹〜〜!!!!)
秋月と護穀が小声で叫び、額に手を当てる。葉鳥は穂鷹に一歩詰め寄るとそっと肩に手を置いた。
「どこに落ちてましたか? いつ拾いましたか? 中をみましたか? 誰かに見せましたか? あそこの二人はなぜあんなに焦っているのでしょうか?」
スッと無表情で秋月と護穀に向かって指をさす。
「あっ……、えっと。落ちてたのは資料室で……」
わかりやすくしどろもどろになる穂鷹の瞳を、葉鳥は真っ直ぐ射るように見つめる。
「何これ」
稲波が葉鳥の手から手帳をヒョイと取り上げる。中身を開こうとした瞬間光の速さで葉鳥が手帳を奪い取った。
「おっ」
「髪が抜けますよ」
「えっ」
葉鳥はくるりと振り返ると穂鷹、秋月、護穀を順番に指差して
「忘れないと、呪われますよ」
と言い、そのままスタスタと立ち去っていった。その後遠くでイヤァ!という叫び声が聞こえた。
それから数日後、稲波の枕には抜け毛が付き、護穀は箪笥の角に足の小指をぶつけた。
手帳の話は以降、誰も口にしなくなった。
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