第4話 破壊
小田原での都市調査を命じられてから数日。
俺と天城は、企業都市の“はじまりの地”について、霞が関の端末室で資料を漁っていた。
調査の基本は、まず“公式記録”から当たる。
自治体運営権譲渡の議事録、当時の条例改正、政府の発表、企業側のプレスリリース。
そして最後に——世論。
天城はスクロールしながら、ぽつりと呟いた。
「……北条市長、ですか。なんとなく名前は聞いたことあるんですけどね」
「俺らが生まれた年だ。詳しく知る機会はなかった」
俺は淡々と答えながら、古いニュースアーカイブを開く。
画面に並んだ見出しは、当時の熱をそのまま保存していた。
『自治体運営権譲渡、前代未聞の決断——市長に非難殺到』
『市長の暴走か、覚悟の決断か——小田原市、史上初の企業譲渡』
『“街を売った男”北条仁——市民の怒り、全国に波及』
『北条市長は“破壊者”か、“未来の開拓者”か——市民の評価は真っ二つ』
「うわ……言い方が容赦ないですね」
天城が顔をしかめる。
記事の添付画像。
記者会見の壇上で、北条仁≪ほうじょうじん≫がまっすぐ前を見ている。
無表情。
言い訳も、哀れみもない。
「……覚悟だけは、伝わるな」
俺がそう呟くと、天城は少しだけ視線を落とした。
「でも、今の小田原って成功してるじゃないですか。30年経って、ちゃんと“いい街”になってる。なのに、ここまで叩かれるんだなって」
「成功した“今”は関係ない。あの瞬間に、街は“壊れた”と感じた人間がいた。そこから先は、ずっとその感情を引きずる」
言いながら、自分の口調がいつもより硬いのに気づく。
俺は、こういう話に慣れてるはずなのに。
——企業都市。
行政と企業の境界が消えていく世界。
仕組みとしては理解している。審査官として、制度の正当性も語れる。
それでも、画面の向こうの怒号は、紙の上の論理より生々しい。
天城が、別のファイルを開いた。
「運営権を買った企業……フォトニアス、ですよね。小田原と南足柄。箱根とも連携して……って」
「フォトニアス。元々は医療と技術の企業だ。都市運営に入ってから、実験じゃなく“生活”の側に技術を置いた」
「へー……やっぱ経営者がやり手だったんですかね?」
俺はそこで一瞬、言葉を止めた。
「……
名前を口にした瞬間、胸の奥で何かが引っかかる。
記憶じゃない。知識でもない。
もっと、嫌な予感に近いもの。
「小田原を“救った男”と呼ばれた」
天城が首を傾げる。
「じゃあ、北条市長が“破壊者”で、鈴村さんが“救世主”みたいな……?」
「そんな単純な構図なら、30年も尾を引かない」
俺は画面を切り替え、別の記録を並べていく。
譲渡前の財政資料。人口推移。産業構造の変化。医療インフラ。観光の伸び。
数字は語る。
小田原は、確かに“救われた”。
——それなのに。
「違和感、あります?」
天城が覗き込む。
勘がいい。鬱陶しいくらいに。
「……ある」
俺は正直に言った。
ここで誤魔化すと、天城は余計に突っ込んでくる。
「フォトニアスは成功している。制度上も、審査上も“理想形”だ。なのに、引っかかる。……成功の説明が、綺麗すぎる」
「綺麗すぎる……?」
「成功には必ずコストがある。誰かの痛みか、どこかの妥協か、時間か。
それが見えない成功は、たいてい“隠してる”」
天城の目が、少しだけ真剣になる。
「じゃあ、その隠れてるやつ、見つけましょうよ。直接。会って、聞いて、歩いて」
「……百聞は一見に如かず、か」
「それです!もう東雲さん、ノってきましたね!」
うるさい。
だが、今は否定しない。
フォトニアス。
北条仁。鈴村省吾。
この街に残った“傷”と、“回復”と、“名前のつかない何か”。
それを確かめないと、俺たちの調査はただの観光になる。
「倉木さんに頼んで、フォトニアス側の窓口を押さえてもらう」
「やった!小田原、楽しみ!」
天城は子どもみたいに笑った。
俺は端末を閉じる。
頭の中で、さっきの記者会見の顔が消えない。
あの目は——壊した人間の目じゃない。
壊れると分かっていて、壊した目だ。
つまり、破壊は事故じゃない。
意図だ。
俺の中で、調査の意味が少しだけ変わった。
——この調査、研修じゃ終わらない。
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