Last Piece ─企業都市調査録─
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第1話 配置
霞が関の空気は、薄い。
薄いのに重い。肺に入ってくるたび、体のどこかが静かに固まっていく。
官僚としての生き方に飽きた、というより——
同じ温度で生き続けることに、疲れた。
同じ議事録。
同じ修正。
同じ言い回し。
同じ“正しさ”。
「倉木、少しいいか」
上司の声に、反射で背筋が伸びる。
会議室の白い壁は、いつも通り何も映さない。
数十分後。
部屋を出た私は、息ができる場所を探すように廊下を歩いていた。
——新都計画。
その単語は、体の内側に熱を落とした。
国家が、都市そのものの意味を作り替える。
そんな話、霞が関では「正気じゃない」と笑われる種類だ。
だから、面白い。
デスクに戻り、端末を立ち上げる。
行政庁の内部網。審査官データベース。
自分用に短く切ったフォルダを開く。
《METIS》
指がスクロールを止める。
企業都市審査官。処理能力、判断速度、対外交渉——全部が上位。
優秀。
……なのに、熱がない。
欠けているんじゃない。
抑えている。
「役割は完璧。だからこそ、歪むのよね」
次のタブを開く。文化庁。
京都。文化保護の実務。現場対応も早い。
そして——感情が前に出る。
「こっちは熱の塊。扱い方は、まだ知らない」
二つ並べると、妙に綺麗だ。
氷と火。論理と直感。
噛み合えば刃になる。噛み合わなければ事故になる。
「——いい配置ね。意味は後からつくる」
私は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
白い天井。何も映さない。
なのに今日は、そこに“未来”が透けて見える気がした。
「じゃあ——もう一人のピースは?」
指先が、別のフォルダに触れる。
画面に一瞬だけ、名称が走った。
《官房副長官室/人事参照:閲覧権限なし》
ふ、と口角が上がる。
まだ中身は見えない。見なくていい。今は。
私は画面を閉じ、端末をロックした。
決める。
東雲遼と天城澪。
この二人を、都市調査という名目で外に出す。
そして——
「あなた達と私。どっちが先に見つけるかしらね。この国の未来」
勝負でもないのに、競争の味がする。
その味が、久しぶりに“生きてる”感じをくれた。
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