緊急事態発生のため即座に対応します
「……よっと。じゃ、これで支給品の設置は完了だ。皆で話し合って平等に分配しておくれ」
ベースキャンプに到着し、支給専用の回復薬や携帯食料、対象を発見した際に知らせる支給信号弾や非常時の狼煙キット、この辺りの地形を記載した地図等を支給ボックスへ設置して皆に声をかける。
「あ……あの……支給品ですがテルマさんからまずどうぞ。俺たちは後で構わないんで」
バンツたちがテルマの様子を伺うように言う。それを意に介さぬようにテルマが言う。
「私は携帯食料を一つ貰えば良い。あとはお前たちで好きに分配して構わない」
そう言って携帯食料を手に取りその場を離れるテルマ。三人が支給品を分配している間にテルマに声をかける。
「悪いな。俺の思い過ごしかもしれないが彼らを頼むよテルマ」
自分がそう言うとふっと一瞬だけ表情を和らげてテルマが自分に言葉を返す。
「……相変わらずですね先生。大丈夫ですよ。私が付いている以上、彼等に危険が及ばないように全力で努めますので」
そんなやり取りを交わしている間に三人の分配も終わったようでそれを見届けてテルマが三人に声をかける。
「よし。それでは向かうとしようか。私は口を出さないからお前達の向かう方向に従う事にする。パーティーで動くなり各自で動くなり好きに決めるといい」
テルマにそう言われ、三人が相談を始める。程なくして相談を終え、バンツがおそるおそるテルマに声をかけてくる。相談の結果、三人で共に行動して探索する事を決めたようだ。その判断を横で聞いて安堵する。
(……まずは一安心か。これで各自別エリアを探索するって事になっていたらテルマも面倒だっただろうからな)
「では先生、行ってまいります。有事の際は私が対応いたしますので」
出発の前にテルマが自分の元へ駆け寄り声をかけてくる。
「頼んだよ。俺の取り越し苦労で済むならそれで良いし、何かあればすぐに知らせて欲しい」
そう自分が言うと、テルマがくすりと笑って言葉を返す。
「はい。万が一に供えて高級回復薬や信号弾は持参していますので。……よし、では行くとしようか。基本行動はお前たちに任せる。口出しをするつもりは無いが場合によっては忠告やアドバイスくらいはさせて貰う」
テルマの言葉に三人が慌てて頷き、クエストが始まる。地図を片手に相談しながら歩く三人の後ろをテルマが追う形で歩き出す背中を見送った。四人の姿が徐々に小さくなり、やがてエリアを移動して見えなくなったところで一人つぶやく。
「ふぅ。ひとまず始まったな。……さて、クエストの開始時間を控えておかないとな」
タバコに火をつけ一服しながら書類を広げ、懐から懐中時計を開き時間を確認し記入する。
「ん、これでよし、と。しばらくしたら追加の支給品を補充するまではここで待機だな」
ギルドの決まりとして支給品は原則、クエスト開始時と開始から一定期間を置いてからの二回に分けて配布する事になっている。理由としては一度に全て支給してしまうと分配時にトラブルになる可能性がある事と、クエストによっては開始時に過剰に支給品を持つ事で荷物になったり余らせてしまう事を避けるためである。
(実際、最初に取りすぎて道中で素材集めの際に邪魔になって捨ててしまう事もあるからな。単にギルドの支給品節約案って声もあるけどそれも分かる気がするな)
ギルドの懐事情も分かるし、ハンター側の事情も分かる。時間に余裕が出来たため、周りを眺めながらついつい物思いに耽ってしまう。
「しかし、懐かしいなこの感じ。自分もこうしてベースキャンプを飛び出して何度もクエストに向かったなぁ」
ほんの数年前の事なのに、はるか昔のように感じる。当時の事をこんな風に思い返すのは避けていたのだが、今はやけに考えてしまう。
(バンツたちの事があったからだろうな。あれだけ夢と野心に燃えている新人の姿を見たのは久しぶりだったからな)
力も知識も未熟だが、気持ちだけは人一倍。若さゆえに時に暴走し痛い目にも合う。今後の事を考えられずに目先の事が最優先になるのもかつての自分が通った道である。
「……ま、今の俺にはもう縁の無い話だな。さて、向こうの様子はどうなっているんだろうな」
追加の支給品をいつでも補充出来るように支度を終え、何本目かのタバコに火をつけようとしたその時だった。密林の奥から立ち昇る一筋の煙が見える。
「……ん?何だあれは?……まさか『救難信号』の狼煙か!?」
通常の色とは違う色の狼煙を見て思わず叫ぶ。バンツたちルーキーがあの狼煙を上げるとは考えられない。という事はあの狼煙はテルマによって上げられたものだと推察する。それと同時にギルドへ伝わるように即座に自分も緊急事態の信号を送り、狼煙の位置を確認する。
「あの方向と煙の位置なら……こっちか!」
狼煙の位置から距離と方角を測り、即座にそちらに向かって駆け出す。幸いにしてこの辺りのエリアは気候も安定しており、目的地に向かうまでにさほど時間はかからなかった。息を切らせて全力で近付いていくうちにいよいよ狼煙の上がった場所へと辿り着く。周囲の地面は荒れ、ところどころに炎が上がっている。
(……この炎は火炎龍の吐く火球によるものだろう。だが、このランクのエリアに出没する火炎龍ならテルマなら容易に対処出来るはずだ。それなのに救難の狼煙を自分やギルドに向けて放ったという事は、何か重大な出来事が起きたという事は間違いない!)
そう思っていると少し離れたところで凄まじい咆哮が鳴り響く。咆哮とほぼ同時に近くで火の手が上がる。火炎龍が放った火球が地面に炸裂したのか地面に衝撃が走る。そこでとある事に気付く。
(……おかしい。咆哮とは別のタイミングで火球が放たれた。という事は……今テルマたちが対処している火炎龍は……一体じゃない!)
そう思い一度足を止めて気配を探る。やはり複数の気配を感じる。即座にその気配の元へと一直線に駆け抜ける。程なくして視界の開けた丘へと辿り着く。視界の先には何と二体の火炎龍、そして倒れたマンジを庇うようにメイスを構えたテルマとその後ろに立ちすくむバンツとサンジの姿があった。
「……テルマっ!大丈夫かっ!」
テルマたちにいち早く自分の到着を知らせるためと火炎龍の注意を少しでも逸らせるために大声で叫ぶ。狙い通り火炎龍の視線がこちらに向けられる。その隙を逃す事なくテルマがマンジを抱えてその場を離れる。
「すみません先生っ!……お前たちも左右に散れっ!少しでもあいつらと距離を取れっ!」
テルマの声に慌ててバンツとサンジがそれぞれ別方向へと走り出す。それを横目に確認したと同時に自分に向かって突進してきた火炎龍をぎりぎりまで引き付けながら回避する。
「よっ……と!」
テルマたちの時間を少しでも稼ぐためにあえて直前で突進を回避し、向こうの様子を見る。大怪我を負って意識を失っているようだがマンジは無事なようだ。素早く駆け出してサンジへ気絶したままのマンジの体を預けて高級回復薬の入った瓶を手渡しテルマが叫ぶ。
「そいつを抱えて今すぐ離れろ!離れたらすぐその高級回復薬を飲ませて物陰に非難していろ!」
テルマにそう言われ、慌ててマンジを抱えて駆け出すサンジ。それを見届け火炎龍の注意を自分に向けるべくメイスを構えてテルマが再び叫ぶ。
「はああああぁっ!」
火炎龍の咆哮にも勝るテルマの叫びに空気が震える。火炎龍たちの視線が一斉にテルマへと向けられる。それを意にも介さずテルマが地面を蹴る。
「ふっ!」
高々とその場を跳躍したかと思うと、テルマに向かって爪を振りかざした一体の火炎龍の爪を逆にメイスで打ち砕く。それに怯んだ火炎龍を横目にテルマが自分の元へ駆け寄ってくる。
「すみません先生!助かりましたっ!」
そう言いながらテルマがメイスを構えて自分と背中合わせになるように立つ。火炎龍たちがこちらに向かってこない事を確認してテルマに声をかける。
「気にするな。無事でよかったよ。……しかし、こいつはいったいどういう訳だ?何で二体も火炎龍がいるんだ?このエリアと気候なら本来はあり得ない筈だが」
自分の言葉にテルマが即座に答える。
「……最悪の偶然が重なった形です。ターゲットである火炎龍の雄を発見し、私が少し離れて彼らの討伐を見届けようとしたところで季節はずれの発情期を迎えた雌が現れ、興奮した雄の不意の一撃をくらってしまったのです。咄嗟に庇ってそれ以上の追撃を受けるのは避けられましたが、彼らがそれを見て戦意喪失してしまい、このまま三人全員を守りながら戦うのは難しいと判断して急遽隙を付いて救難信号を上げた次第です」
懸命な判断である。いかにテルマが優秀とはいえ全員を庇いながら二体の火炎龍を相手にするのは難しいだろう。ましてや討伐対象外のモンスターが乱入するなどという事は彼らのランクでは初めての体験だっただろう。
(テルマ一人ならこのクラスの火炎龍なら二体でも難なく始末出来る。……やはり彼らの存在が足かせになってしまった形だな。もっとも、こんな稀なケースは想定外だった。彼らが何も出来ずに固まってしまったのも無理はない)
それでもまだ彼らが動揺せず自分たちの実力を把握して逃げに回る判断を取るか、最低限の装備を整えていたならば話は違っただろう。だが今の時点ではどちらも伴っていない。そんな彼らを全て庇いながら戦うのはいくらテルマでも不可能だ。
「うん。良い判断だったよ。しかし参ったな。あくまで付き添いのつもりだったから俺、こんなものしか持ってきてないんだよな。しかも久々の実戦だ。あまり当てにしないでくれよ」
そう言って腰に下げた片手剣を手に取る。ギルドからの支給品のため切れ味も硬度もごくごく普通の量産品である。そんな自分の言葉にテルマがくすりと笑いながら言う。
「ふふっ。先生ならそれで充分でしょう。……先生との共闘なんて何年振りでしょうか。図らずも彼らに感謝しなければなりませんね」
テルマの言葉に思わず苦笑する。今の自分にその評価はあまりも過大だと思いながらも言葉を返す。
「おいおい。あまり過度な期待はしないでくれよ。ひとまずテルマの足を引っ張らないようにはしたいと思うけどさ」
そう自分が返すとまたテルマが一瞬だけ笑みを浮かべて口を開く。
「ご謙遜を。では……よろしくお願いいたします先生」
そう言ってテルマがメイスを持つ手に力を込めたのが背中越しに伝わった。
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