第8話 仲良しな事務所の二人

「じゃ、行ってくるわ」

 

 一階にある事務所と家が繋がったホールのような場所で、友利はキャリーケースを引き連れて玄関を出た。

 三人それぞれが「いってらっしゃい」と告げて手を降った。


 

 ――バタァン。


 

「はぁーっ……」

 

 扉の閉まる音と共に鈴原の肩が降りた。

 ホールに充満していたがふと消えた。

 ……気がした。鈴原は無意識に止めていた息を吐き出し、重い肩を落とす。

 魔力に対する感知能力が人一倍強いせいもあってか、あの男が近くにいるだけで、本能が警鐘を鳴らし続けていたのだ。

 彼のことがまるっきり気にならない他の人が不思議だ。

 

「ううっ、友利がいなくなったら私どうやって生きるの?」

 

 悶える黒羽の姿を、鈴原は無表情で見つめる。

 脳内では、こいつの女子力が一ミリも自分に向けられない不条理について舌打ちを一回。

 

(……正直、ぶりっ子もほどほどにしてほしい。そのエネルギーを少しでも私のプロデュース業務に回す気さえあれば、黒羽がいつも大変だと嘆く仕事なんて絶対はやく終わるというのに)


「ちょっ! ちょっとまた喧嘩するつもり!?」


「いや違うけど。ぶりっ子もほどほどにしてってこと」


 言い出したら心の苛立ちが止まらなくて舌打ちをもう一回。


「いやいや私は全然ぶりっ子じゃない! ただ友利がすきなだけ!! ってなんで舌打ちをもう一回するの!?」


「こらこら君たち……ご近所さんに迷惑でしょ」

 

 思いっきり困り顔で目を細める所長は緋月朔。緋月友利の兄。

 優しそうな顔をしているが、鈴原はこの男の底知れなさを知っている。

 全部屋を何かの目標に向けて防音加工にリフォームするようなミステリアスな男で、普段は抜けているけど抜け目がない。


「所長さん、全部屋を防音加工にリフォームしたわけで、これなら多少言い争っても問題にならないと思うけど」

 

 一人頷いて、所長は嘆息を吐く。

 

「細かいなぁ……君たち、今日も配信せずに何するんだ」

 

 最近は友利の帰還もあって、事務所が騒ぎっぱなしだ。

 黒羽は言わずもがな、だろう。

 以前の鈴原にとって、ここはただの安い寝床でしかなかった。

 所長との会話も最低限、同じ空間にいてもどこか気まずく、用がなければ夜まで黒羽と共に外をうろつき、寝るためだけに帰ってくる冷めた関係。

 けれど、友利が帰ってきてからは――。

 

 

「友利の動画を見返そうの会!」

 

 本当に言わずもがな、だった。

 

「この前配信してた時に見てただろ。ってお前ら配信は?」


「今日は友利の配信が気になるし、見返そう。私配信は見てなかったから、二人の言う友利がどれぐらい強いか気になる」


「賛成! じゃあ事務所に行こう!」

 

 黒羽が手を上げて事務所の扉を開け、鈴原も後ろを付随する。


「そこは所長の話を無視しないで聞いてくれよ……」

 

 肩を落としながらも、所長は楽しそうに事務所に立ち入った。


 

  ◇◆


――配信鑑賞会を始めて数分。

 

「それでは友利の第一ファンである黒羽さん! 推しポイントを語ってください!」

 

「やっぱり友利の素晴らしいところはこのプロ感のある服装といつもだるそうなこの顔と雰囲気!」

 

 ノリノリで所長は囃し立て、黒羽は胸を張って友利を褒め立てる。

 先程まで嫌そうにしていた所長はどこに行ったのだと切に実感する。


 「その服装はタクティカルスーツと言ってね。黒くてテカテカしてるのは色んな場所で戦えるようにするためだよ」

 

 鈴原は一度背中をソファーに預けながら答えた。


「お前も答えるのかよ!!」

 

 振り返って驚く顔と、

 

「やっぱりみおちゃんもわかるー!?!?」

 

 目を輝かせる顔。


「服はかっこいいよ? でもそこまで喜ぶのがわからないかな」

 

 両手を押し上げて、肩をすくめた。


「わからないの!?」

 

 すぐに黒羽の表情が悲しさの混ざった驚きに変わる。


「ごめん、とりあえず変なこと言ってないで動画見ようよ。私友利のことあまり知らないから戦闘力の方がきになるんだよね」


「……むむ、仕方ないなぁ」

 

 不服そうにプロジェクターに向けてリモコンを押して動画を進めた。

 

 画面に映るのは友利が階層にいるモンスター達を身に纏わせた砂塵でなぎ倒していく光景。


「友利、強いなぁ……」

 

 鈴原自身の固有スキルは分身であり、戦闘力を出すためには動きで相手を圧倒する必要があり、体力の消耗が激しい。

 故に少しだけ彼の動きの少ない、荒々しい攻撃がどこか羨ましいと感じる。


「でしょー! 友利はこの国で最強の冒険者だからね」

 

「そこまで行くの? 友利はいくらあれで人気になったとしてもまだ登録者十万人でしょ」 


「んー? みおちゃんはまだ登録者一万だから友利に頭下げないといけないと思うよ」

 

 やれやれという感じで首を振りながらこちらをからかう。


「ひっど。私のプロデューサーが言って良いことなの? それ」

 

「残念なことに鈴原みおは成績不振により、この事務所から解雇させていただきます」

 

「その場合私が人気になるようにプロデュースできなかった黒羽はとが悪い、以上」


そう言われて、身体を縮こませながら黒羽が言い返す言葉を考えていると、

 

「君たち、ずっとふざけてるならこの動画切るよ」


 呆れたように所長の声が届いた。

 

「えーやめて!」

 

「お願いします」

 

 漫才でもやってるのかもわからない掛け合いを終えて、鈴原たちは動画の視聴に戻った。


「すごいね友利って、まだ有名になって数日も経ってないのに色んな切り抜きが十万、二十万とすごく再生されてるね」

 

「いま渦中にいる天城がやられるかもってとこで出現したからな。ほんとあいつもあいつで運がついてるよ」

 

「この前はずっと友利の方で見てたけどまさか初配信で一から万、そして十万にも達する勢いで人が増えて行ってたのは流石に面白かったな」

 

「確かに」

 

 三人はソファーに腰を預けながらだらーっとプロジェクターに映し出されていた友利の戦闘シーンを眺めていた。


(……本来、モンスターに有効打を与えるには武器という、変換作業を通すのがこの世界の絶対なはずだ。でもそれを素手で、しかも遠隔でやってのけるなんて……。友利が潜ってきた十年って想像できないものがあるのかもしれない。)


 そう沈思しながら、二人の雑談に耳を澄ませていた。


「そういえばみおちゃん知ってたー? AIの作る最強ランキングで友利が早速一万位入りしてたよ?」

 

「なにそれ? 冒険者協会が出すランキング以外にそんなのがあったの?」


「うん。冒険者のランク認定するAIが決めてたよ。Bランクがたくさんいる中で一人だけEランクなせいで、バグってるみたいになってたけどね」


「AIのそれ本当に合ってるの?」


「冒険者の情報を管理してるデータベースなんだから信憑性はあるよ!」


 笑いが抑えきれない顔で続ける黒羽を横目に、鈴原はプロジェクターの映像をぼーっと眺め返した。


「やっぱり強すぎるね、うん」


 モニターの中では、友利が無造作に指先を振って、迫りくる魔物を鉄塵で消し飛ばしている。

 私はまだBランクだけど、あのパフォーマンス的に彼は少なくともSランクまたはそれ以上に強い。

 彼がたまに言っていたサラビワではこのくらいどうとでもない、なんて言葉は意味がわからなかったけど、彼なりの謙遜だったのだろう。

 

 ピコンッ――黒羽の持つスマホの音が鳴り、内容確認した彼女は満面の笑みで事務所にあるパソコンを扱い出す。

 

 黒羽のこの行動からして、起きたことは一つしかない。

 友利の配信が始まったのだろう。

 

「それでは、友利の配信をみんなで見よう! お兄さんとみおちゃんは早くお菓子とジュース持ってきて!」

 

「はいはい。持ってくるよ」

 

「私も!? まあいいけど……」

 

 所長が場を去ったのを見て、鈴原は重い腰を上げてお菓子を取りに行くことにした。


 緋月家の方にある台所へ向かいながら、鈴原は小さく溜息をついた。


 (……お菓子とジュースって、はしゃぎすぎでしょ)


 文句を言いつつも、冷蔵庫を開けて炭酸を取り出す手は止まらない。

 

 わずか数日で十万の登録者数、二十万にも達する再生数。そして今から始まる生配信。

 配信者としての格差を見せつけられているはずなのに、不思議と嫌な気分じゃなかった。

 むしろ、あの理不尽なまでの強さを拝めることを楽しみにしている自分に気づいて、鈴原は自分にだけ聞こえる音量で舌打ちをした。

 

「はあ……私もダンジョン配信者として、強くならないとね」

 

 事務所に戻る前、鈴原は窓の外を見通して軽く呟いた。

 

 




 


 

 

 

 

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