幕間 あなたは、死にました
空が、黒くて暗くて、赤くて紅い。
そんな世界で。
あなたは、絶望の中にいる。
いつもの日常。それは、もうない。
目の前には、
あなたの人生を象徴する建物がある。
いや、あった。
壊れている。半壊している。倒壊している。燃えている。
かろうじて、その面影を残すのみ。
もう、壊れてしまった。
あの場所であなたと人生の一部を共有していた人たち。
その生存は絶望的だと、その光景を見て、
理解してしまった。
遠くで鳴るサイレン。鳴りっぱなしのクラクション。誰かの感情を乗せた魂の叫び、もしくは、慟哭。
そのどれもが、あなたの中を空虚に通り過ぎていく。
どうしてこうなった
と、あなたは思ったかもしれない。
悪い夢なら覚めてくれ
と、あなたは思ったかもしれない。
だが、これが現実だった。
これが現実になったのだ。
あなたの日常は、もうどこにもない。
気づけば、あなたは、叫んでいた。
名前を。
大切な人の名前を。
精一杯の声で。
涙をこらえ、もしくは、流し。
わたしは、ここにいる、と。
だから、返事をしてくれ、と。
でも、誰も答えない。
答えてくれない。
もう、答えることができないから。
だから、あなたは走り出した。
この非日常が感じられない場所を探して、
ただ、がむしゃらに。
ひとりきりで。
逃げる途中で隠れ見た異形の者ども。
額に突起物を生やした人間。
二足歩行の動物。
生き残っていた人たちを
無慈悲に
殺していた。
何かの冗談だと思いたかった。
狂えてしまえれば楽だった。
でも、あなたはそれができない。
生物の根幹にある【生存本能】が、
それを許さなかったから。
いつしか、あなたは、死を望むようになる。
誰か殺してくれ、と……。
この
そして、その願いは叶えられることになる。
『死』が訪れたから。
それは、トカゲ。
二足歩行するトカゲだった。
自分の人生の幕引きは、トカゲ。
悪態をつきたかった。
そんなのありか、と思った。
もう少しなんとかならなかったのか、と。
でも、どうにもならない。
あなたは、ここで死ぬ運命なのだから。
だから、あなたは
死が自分のもとに訪れるのを
ただ待つことしかできなかった。
トカゲは目の前まで来ると、手に持っていた棒を振り上げる。
それは、剣だった。
誰かの血糊と、血と、血と、血で汚れた、
濡れた剣。
爬虫類特有の、縦に開いた瞳孔。
そこから感じられたのは、
侮蔑だった。
戦おうともしない。
逃げようともしない。
まるで、虫けらを見るような、そんな目。
その目を前にして。
今にも振り下ろされそうな
真っ赤な剣を前にして。
あなたは、命乞いをした。
あなたは、命乞いをしていた。
自分がどのようにして
生まれ、
育ち、
どのようにして暮らしていたか。
生きてきたか。
懇切丁寧に過去を思い出しながら。
楽しかったこと。
辛かったこと。
ムカついたこと。
頑張ったこと。
わたしは、こういう人間だ。
一人の
同じ生き物だ。
そう訴え続けた。
その姿は
浅ましかった。
醜かった。
自分の命のみを助け乞うその姿は、
とても美しかった。
ついで、口をついたのは他人の話だ。
大切な人の話。
あの時、名前を呼んで
答えてくれなかった人の話。
守るべき人の話。
守りたいと思っていた人の話。
人生をともに歩んでくれていた人の話。
すべてを語り尽くして
あなたは、死んだ。
でも、晴れやかだった。
気分が良かった。
真っ赤に濡れた赤い剣。
その剣を振り下ろす時のトカゲの目。
表情が現れるはずのない、その目に。
若干の『後ろめたさ』を感じたから。
ざまあみろ、と思った。
それならはじめから殺すな、と思った。
そうして
何もできずに殺される悔しさと
若干の優越感に浸りながら
あなたは、死にました。
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