俺たちマジメな冒険者にタカるク〇野郎は、ダルがらみする相手を間違えた模様。【凡庸のエイダン】

セキド烏雲

第1話 街のハイエナ

辺境の小国、バイレスリーヴ/潮風通り


冒険者ギルド会館の重厚な扉を開けると、そこには熱気と、鉄錆と、安酒の混じった独特の匂いが充満していた。 朝の光が磨かれたカウンターに差し込み、舞い上がる埃をきらきらと照らしている。


「んー。そうねぇ。……これなんかどう?」


 受付嬢のバラさんは、けだるげな手つきで山積みの依頼書を漁り、その中から一枚、羊皮紙を抜き出した。 端が少し黄ばんでいる。それは、長期間誰にも手に取られなかった証拠だ。


「……ゴブリンの巣穴の掃討、ですか」


俺、剣士のエイダンは、提示された羊皮紙を覗き込み、眉をひそめた。 


報酬額は銀貨15枚。駆け出しの4人パーティーが受ける仕事にしては、破格と言っていい。通常、こうした「割の良い」依頼は、朝一番にブーア一味のような力のある連中が根こそぎ奪っていくものだ。それが昼前まで残っている時点で、何かしらの「訳あり」であることは明白だった。


「なんでこんなに放置されてるんです? まさか、記載ミスでドラゴンが出るとか?」


「まさか。理由はもっと単純。……場所よ」


 バラさんが、カウンターに広げた地図の一点を、細い指先でトントンと叩く。 俺と仲間たちが、その指先へ顔を寄せた。


「うげっ……自害岬(じがいみさき)」


 隣で身を乗り出していた弓使いのニーヴが、心底嫌そうな声を上げた。 自害岬。切り立った断崖絶壁と、激しい海流に囲まれた陸の孤島。かつて疫病が流行った際、感染者たちが隔離され、最後には海へと身を投げたという陰惨な歴史を持つ場所だ。 今でも夜な夜な怨霊の呻き声が聞こえるという、この街一番の心霊スポットである。


「誰だよ、こんな気味の悪い場所にクエスト出した奴は」


 俺の後ろから、巨漢の重戦士コーマックが低い声で呟く。「依頼主は『国』だな。公的な依頼だから上乗せ報酬(ボーナス)も期待できない。……だから残っていたのか」


 コーマックの分析は冷静だ。国からの依頼は支払いが確実だが、危険度に見合わないことが多い。 ゴブリンだけでなく、ゴーストまで出るとなれば、物理攻撃主体のパーティーは手も足も出ないからだ。


「どうする、エイダン? あたしの弓じゃ、幽霊は射抜けないよ」「俺の剣もだ。悪いが、今回は見送った方が……」


 俺が辞退の言葉を口にしかけた、その時だった。


「コホン。……また君らは、ウチの有り難みを骨の髄まで知ることになるんやね」


 ニーヴの脇から、小柄な少女がわざとらしく肩をぶつけて割り込んできた。 魔術師のアリルだ。彼女の瞳は、この薄暗いギルド内でも自信に満ちて輝いている。


「はいはい、わかってるって。このチームはアンタのおかげで回ってるんですよ」


「せやろ? 物理が無効なら、魔法で焼けばええだけのこと。むしろ、ライバルがいないこの依頼は、ウチらのためのボーナスステージや!」


 アリルの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。 確かに、攻撃魔法を操る魔術師(キャスター)がいるパーティーは希少だ。彼女がいれば、霊体への対抗手段がある。


「……よし。やろう」


 俺は決断した。 いつまでも薬草採取やドブ攫いをしていても、明日のパン代すらままならない。ここで稼いで、装備を整える必要がある。


「俺たち《かえる団》は、このクエストを受けます!」


 俺たちが提示した、初級冒険者の証である《冒険の石(クオーツ)》の首飾りが、朝の光を受けて淡く輝いた。





バイレスリーヴ/潮風通り/武器防具店、征服者の炉


クエストを受注した足で、俺たちは武器防具店征服者の炉へ向かった。支度を整えるついでに、ショーケースに飾られた一本の「銀の短剣」を眺めるのが、ニーヴの日課だった。


「はぁ……。1金貨にまけてくれたらなぁ」「夢を見るのはタダだが、店の前で溜息をつくのはやめてくれ」


店主の頑固親父が呆れたように言う。1金貨。俺たちの生活費の数ヶ月分だ。だが、今回の危険な依頼を達成して、運良くレアな素材でも手に入れば、手が届くかもしれない。


「コーマックはどうする?その盾、もう限界だろ」


「いや……今回は我慢する。10銀貨もする大盾なんて買ったら、宿代がなくなる」


コーマックは無骨な鉄の盾を愛おしそうに撫でた。命を預ける盾役(タンク)の彼こそ、一番いい装備を持つべきなのだが、現実は厳しい。


「身の丈に合わない装備を持っていても、ろくなことにならないぞ。ブーアの一味に目をつけられるのが関の山だ」


俺がたしなめるように言うと、ニーヴは唇を尖らせた。だが、その言葉が――最悪のタイミングで、最悪の相手の耳に入ってしまったらしい。


「――あぁ?俺らが、なんだって?」


背後から、ドスの効いた低い声が響いた。心臓が跳ね上がる。振り返ると、入り口を塞ぐようにして、見上げるような巨体が立っていた。中級冒険者を示す《力の石》の輝き。ブーア一味の幹部、《猟犬のボルバ》だ。


「ボ、ボルバ……」


奴は一人ではない。その脇には、露出の高い服を着てガムを噛んでいる女と、ひょろりとした男がニヤニヤと笑って立っていた。弓使いのシャラヴと、槍使いのドン。チーム《斑(まだら)》の連中だ。


「へへっ、兄貴。こいつら、俺たちのことを盗人だって陰口叩いてましたぜ」


腰巾着のドンが、揉み手しながら告げ口をする。


「はぁ?マジうけるんですけどぉ。その貧乏くさい恰好で、ビヴォールの短剣が欲しいとか言ってたわけ?」


シャラヴが、品定めするようにニーヴを上から下まで眺め、鼻で笑った。


「あんたみたいな地味な女が持っても、豚に真珠ってやつ?アタイみたいなイイ女が持ってこそだろ、そういうのはさぁ」


「っ……!」


ニーヴが悔しげに顔を俯かせる。ボルバは満足げに鼻を鳴らすと、ねっとりとした視線を魔術師のアリルに向けた。


「おい、そこの魔術師。こんな貧乏くさいパーティーは抜けて、俺らのチームに来いよ。可愛がってやるぜ?」


「……お断りや。ウチは安くないで」


アリルは気丈に言い返したが、声は震えていた。ボルバの顔色が変わる。


「あぁん?……調子に乗ってんじゃねえぞ」


ドガッ!


鈍い音が響き、俺は地面に転がった。ボルバの拳が、俺の横っ面を殴り飛ばしたのだ。街中での戦闘は御法度だが、彼らにとってはただの「教育」だ。誰も助けには来ない。


「エイダン!」


「おっと、動くんじゃねぇよ」


助け起こそうとしたコーマックに、ドンが槍の石突を突きつけて牽制する。シャラヴは「弱っ」と吐き捨て、倒れた俺を見下して嘲笑った。


「いいか、テメェら。最近、目障りなんだよ」


ボルバは倒れた俺の頭をブーツで踏みつけ、グリグリと体重を乗せた。屈辱と痛みが走る。


「ブーアさんの街でデカイ顔したけりゃ、それなりの『誠意』を見せるこったな。……次、夜道で会ったら、タダじゃおかねぇぞ」


ボルバは俺の顔に唾を吐きかけると、シャラヴやドンと共に高笑いを上げながら去っていった。嵐のような暴力が去った後、残されたのは、泥だらけになった俺たちと、砕け散った自尊心だけだった。


「……行こう、エイダン。あいつらを見返すには、強くなるしかない」


コーマックが俺の手を引く。俺たちは無言で街を出た。背中に負った屈辱を晴らすには、あの危険な依頼を達成するしかなかった





※本作は、長編『溟海のイル』の側面を描いたスピンオフ短編(全3話)です。 本編では、この少女「イル」と、彼女に憑依する幽霊「ルト」の視点で物語が進みます。 気になった方は、ぜひ本編もご覧ください! (https://kakuyomu.jp/works/822139841430093938

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