第9話 Sランク試験

 呼び出しは、唐突だった。


「アニー・エルフェルト」

「至急、上層会議室へ」


 ギルドの最上階。

 Cランクの彼女が足を踏み入れることは、まずない場所だ。


 重い扉の向こうには、数人の男女がいた。

 いずれも、SあるいはAランクの冒険者。

 空気が、張りつめている。


「率直に言おう」


 ギルド長が、前置きなく切り出した。


「君に、Sランク試験を受けてもらいたい」


 一瞬、言葉を失う。


「……私が、ですか」


「戦闘力ではない」

「判断力、生存率、影響力」

「それらを総合しての判断だ」


 机の上に、一枚の依頼書が置かれる。

 封印付き。

 極秘扱いだ。


「内容は、潜入と調査」

「討伐は、不要」

「生きて帰ることが、唯一の条件だ」


 依頼先は、深層ダンジョン。

 Sランクでも、事故が多い場所。


 アニーは、静かに頷いた。


 拒否する理由は、なかった。


 ダンジョン内部は、異様な静けさに包まれていた。

 魔力の流れが、不自然だ。


「……戦う必要は、ない」


 自分に言い聞かせる。


 足音を殺し、

 壁に触れ、

 空気の変化を読む。


 魔物は、いる。

 だが、気づかれなければ、脅威ではない。


 曲がり角の先で、巨大な影が動いた。

 Sランク級の魔物。


 アニーは、息を止めない。

 師匠の言葉が、頭をよぎる。


――避けろ。

――そこに、いるな。


 彼女は、後退する。

 ほんの数歩。

 魔物は、気づかずに通り過ぎた。


 奥へ進む。


 目的は、巣の確認。

 数、構造、移動経路。


 ノートに、最小限の記録だけを残す。


 時間は、かけない。

 欲張らない。


 帰路で、罠が発動した。


 天井から、刃が落ちる。


 アニーは、走らない。

 歩いて、避ける。


 焦れば、死ぬ。


 出口が見えたとき、

 初めて、息を吐いた。


 地上に出た瞬間、膝が崩れた。


 数日後。

 再び、上層会議室。


「討伐数は、ゼロ」

「だが、情報は完璧だ」


 一人のSランクが言う。


「君は、何も壊さなかった」

「それが、最大の成果だ」


 ギルド長が、立ち上がる。


「アニー・エルフェルト」

「Sランク認定」


 部屋は、静まり返った。


 アニーは、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 誇らしさは、なかった。

 ただ、安堵があった。


 生きて帰れた。

 それだけで、十分だった。


 扉を出ると、廊下の先に師匠がいた。


「……終わったか」

「はい」


「なら、次だ」


 その言葉に、アニーは小さく笑った。


 冒険は、終わらない。


 最底辺から、ここまで来ただけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る