シルフは識りたい
有機エリー
シルフは識りたい 前編
わたしはシルフ。
風の精霊は気ままな存在。人間たちの間ではそう伝えられているらしい。
べつに否定はしない。風は自由の象徴で、わたし自身も誇らしく思っている。
森を飛び回って過ごしていたわたしに転機が訪れたのは、いつのことだったかな。
あのときは本当に驚いた。声をかけてくる人間がいるなんて、思いもよらなかった。
「キミがシルフだよね。よかったら、ボクと一緒に来てくれないかな?」
その出会いは今でも覚えている。わたしの視界にはひとりの青年がいた。
人間は精霊を認識できない――自分の中の常識が覆された瞬間だった。
おまけに、ついてきてほしいなんて身勝手な要求までされることになった。
もちろん最初は拒んだ。人間なんかを信用するなんて、絶対に嫌だった。
彼らは同じ種族同士で争ったり奪い合ったりする、くだらない生物だと
「行くわけないでしょ。死にたくなかったら、今すぐ森から出ていって」
だから徹底的に痛めつけて追い返すつもりでいた。風の刃を作り出して、脆い身体に向けて発射してやった。
でも、予想に反して簡単に躱されてしまった。何度やっても傷ひとつ付けることすらできなかった。
「ごめん、危害を加えるつもりはないんだよ。ただ、どうしてもキミの力が必要なんだ!」
彼は怖気づくこともなく訴えかけてきた。森を流れる川のように澄んだ目で、わたしが
その姿を目にしていると、なぜか心が落ち着かなくなって――気付いたときには彼の前に降り立っていた。
長い金髪と浅緑色の衣に、背中には半透明の羽が生えた姿。それは、わたしのもうひとつの形態。
野蛮な種族を模しているけれど、この見た目だけはお気に入りだった。少なくとも、ただの緑の球体よりは美しいと思えた。
「もしかして、協力してくれるのかい?」
「……少しだけなら。でも、飽きたらすぐに帰る」
「ありがとう。とても心強いよ」
それがわたしと彼――勇者と呼ばれる青年の旅の始まりだった。
勇者の目的は、人界を脅かす魔王の討伐。彼は人間にしてはまともな性質だった。
困っている人を見つけるたびに手を差し伸べ、解決すればその喜びを分かち合う。
こういうのをお人好しと呼ぶことくらいは、人間の心に疎いわたしでも理解はしている。
だから心置きなく協力することができた。普段は彼の身体に潜み、必要な時は内から風の力で手助けをする。
いつしか頼られることが嬉しく思えてくるようになった。わざわざ具現して一緒に歩くのも悪い気はしない。
「ところで、キミは帰らないのかい?」
「あなたは無茶をするから放っておけない」
「はは、そうだね。いつも助かっているよ」
途中で投げ出すなんて考えは、知らないうちに消えてしまった。
自由な風が人間なんかに縛られるのは馬鹿みたいだと思う。だけど、彼の隣は不思議と居心地がいい。
やがて、わたしは他の精霊を紹介することにした。皆の力があれば、必ず魔王を討ち果たせると信じられたから。
最初に訪れたのは大陸南、湖近くの洞窟に引きこもるウンディーネ。わたしにとっては冷たい性格のお姉さん。
彼女も極度の人間嫌いで、すぐに水を汚すから歩く災害だと言っていた覚えがある。
でも、やっぱり勇者の熱意には勝てなかった。彼が湖で暴れる魔物を退治したときは、これまでにない穏やかな態度を見せた。
次は西の荒野に建てられた土の塔で暮らすノーム。わたしとは正反対で、頑固なお爺さんみたいな存在。
最初は勇者の話を徹底して無視していたけれど、再三の訪問についに折れてしまう。
何度も訪ねられるくらいなら、魔王を倒してしまった方が手っ取り早いと判断したみたい。
最後に北の火山に住んでいるサラマンダー。熱血漢という言葉が相応しくて、暑苦しいのが玉に
好戦的な彼は勇者との直接対決を望んだ。わたしは手伝おうとしたのに、勇者は自分の力だけで勝つと豪語する。
結果、火の精霊はあっさりと打ち負かされた。加勢の必要もない一方的な戦いは、ちょっとだけ気の毒だったかな。
精霊の皆は意外にも協力的で、戦いにおけるわたしの出番は徐々に減っていく。
それだけは少し寂しかったけれど、勇者と世界を回るのは間違いなく楽しかった。
そして、気付けば旅の終わりが近付いていた。世界の北端、最果ての地に魔王の根城は存在した。
「ついに来たわね。心の準備はいいかしら」
「ようやくじゃのう。ここまで長かったわい」
「オレの力、存分にぶつけてやってくれよな!」
他の精霊が内側から勇者に語りかける中、わたしは具現して彼の隣に立つ。
白く染まった大地は硬く冷たかった。思わず背中の羽をはばたかせて飛翔する。
「これで本当に最後だね。あなたなら、きっと大丈夫」
「ああ、ボクは負けないよ。ここで終わらせて、世界に平和を取り戻すんだ」
重い空気の中に勇者の言葉が温かく響き、ついに最後の戦いの幕が開けた。
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