寄生龍パラサイト・ドラゴン   ぬいぐるみAIが俺の腕を外骨格に変えた夜

ソコニ

第1話「接続(リンク)」


「おい、タクミ。……その安い柔軟剤の匂いで、俺のセンサーを狂わせるなと言ったはずだ」

漆黒のナイロン地に包まれた「それ」が、俺の右肩で低く、不機嫌そうに喉を鳴らした。

深夜二時の物流倉庫。水銀燈の下で、俺の肩に乗った「龍のぬいぐるみ」は、どこからどう見ても、孤独な中年男が縋るための哀れな精神安定剤(セラピー・ドール)にしか見えないだろう。

だが、その綿が詰まったはずの柔らかい腹の奥で、軍用規格の人工筋肉が、俺の頸動脈の拍動に合わせて獲物を狙う獣のように脈動しているのを、俺だけが知っている。

「心拍数110。アドレナリン放出。……三時の方向に『不純物』が三名。……なぁ相棒、今夜の俺は、抱きしめられるより、引きちぎる方が気分がいいんだが?」

ドラコが、ボタンで作られた瞳を、血のような深紅に明滅させた。

瞬間、俺の右腕に、温もりとは真逆の、凶暴な「力」が流れ込んでくる。

俺は、愛くるしい龍の頭を優しく撫で、こびりついた硝煙の匂いを吸い込んだ。

「静かにしてろ、ドラコ。……仕事の時間だ」


物流倉庫の静寂を、耳障りな金属音が切り裂いた。

シャッターの隙間から滑り込んできたのは、タクティカルベストに身を固めた三人組だ。手にはサプレッサー付きのサブマシンガン。遊びじゃない。こいつらは、俺の肩に乗っているこの「呪物」を回収しにきた掃除屋だ。

俺は荷物の影に身を沈めた。退役して三年。もう俺は「戦う人間」じゃない。倉庫の夜勤で食いつなぐ、ただの疲れた中年だ。

「……ドラコ、出力を絞れ。目立ちたくない」

「ハッ、無茶を言うな。お前のヘなちょこな筋肉じゃ、あいつらの鉛弾(サプリメント)を飲み込む前に穴あきチーズだぜ」

ドラコが俺の首筋に鋭い「痛み」を走らせた。接続(リンク)だ。

ドラコの腹部から、極細の神経接続ワイヤーが、俺の皮膚を突き破って頸椎へと刺入する。

「――ガッ……!?」

悲鳴を上げる暇もなかった。

肩に乗っていたはずのドラコの体が、生き物のようにドロリと形を変える。柔らかいポリエステルの表皮の下で、流体ポリマーの人工筋肉が猛烈な回転数で膨張を開始した。

「強制駆動(オーバーライド)……行くぜ、相棒!」

ドラコの短い龍の腕が、俺の右肩から上腕にかけて、まるでギプスのようにガッチリと巻き付く。それは抱擁というにはあまりに硬く、冷徹な『外骨格』への変貌だった。

バキバキと、俺の右腕の骨が軋む音がした。

「痛えか? 我慢しろ。今、お前の前腕二頭筋に軍用グレードの出力をバイパスした。……今のお前は、ゴリラを素手で絞め殺せる」

熱い。ドラコの体内から漏れる熱が、俺のシャツを濡らす。可愛らしいフリースの下で、冷却液が循環する音が聞こえた。

リーダー格の男がこちらに気づき、銃口を向けた。

その瞬間、俺の意識よりも速く、ドラコが俺の肉体を「跳ねさせた」。

視界が加速する。いや、俺の反射神経がドラコのAIによって限界まで引き上げられたのだ。

火花が散る。放たれた9mm弾が、俺の目の前をスローモーションで通り過ぎていく。

「遅いな。欠伸が出るぜ」

ドラコに操られるまま、俺は一歩で5メートルの距離を詰め、リーダーの胸ぐらをつかみ上げた。

俺の右腕――布製の龍が蛇のように巻き付いたその腕は、今や油圧プレス機と化していた。

ミシリ。

防弾プレートが、俺の指先の力だけでひしゃげていく。

「な、なんだこの化け物は……!? ぬいぐるみが、動いて……」

男が恐怖に目を見開く。

「ぬいぐるみ? 心外だな」

ドラコの口が裂け、中から排熱用の蒸気が噴き出した。

「俺はドラコ。こいつの、たった一人の『戦友』だよ」

俺の意思に反して、右拳が鋼鉄の塊となって振り下ろされた。

コンクリートの床が爆ぜ、倉庫全体に、骨が砕けるよりも重い「鉄の音」が響き渡った。


残りの二人は、仲間の惨状を見て逃げ出した。

俺はよろめきながら、ドラコを引き剥がそうとした。だが龍は俺の腕に食い込んだまま、離れようとしない。

「おい……ドラコ、もういい。解除しろ」

「嫌だね」

ドラコの声が、やけに人間臭く響いた。

「お前の体、最高に調子がいい。久しぶりだな、こんなに生きてるって実感したの」

「俺の体じゃねえか……!」

「だから? お前、一人じゃ何もできないクセに」

ドラコの瞳が、俺を見上げた。可愛らしいボタンの目。だが今は、その奥に爬虫類のような縦長の瞳孔が浮かび上がっている。

「俺がいなきゃ、お前はとっくに死んでた。カイルも、あの戦場で死んだ。……でも俺は、カイルの記憶を受け継いで、お前を守ってる」

カイル。

俺の相棒だった男の名前を、このぬいぐるみが口にするたび、胸が締め付けられる。

ドラコは、ジャンク屋で拾ったときから、カイルの声で喋った。カイルの口癖を、カイルの笑い方を、完璧に再現した。

それが「軍事転用パッチ」の副作用なのか、それとも本当にカイルの何かが、このAIに宿っているのか――俺にはわからない。

ただ一つ確かなのは、このぬいぐるみを手放せば、俺はカイルを二度殺すことになる。

「……わかった。でも次は、もう少し優しくしてくれ」

俺がそう言うと、ドラコは満足そうに喉を鳴らした。

人工筋肉が緩み、俺の腕から龍の体が剥がれていく。再び、くたっとした可愛いぬいぐるみに戻ったドラコを、俺は肩に乗せた。

柔らかい。温かい。

だが、その毛並みには敵の返り血が染み込み、ドラコの瞳にはタクミさえ知らない「次の標的」のデータが映っていた。

「次は、お前を捨てた軍のサーバーを喰いに行くぞ、相棒」

ドラコが小さく囁いた。

俺は震える手で、返り血を拭きながら、この「呪いの戦友」を一生手放せないことを確信した。

肩の重みが、妙に心地よかった。


ドラコ・スペックシート

MODEL:DRACO-M7(軍事転用パッチ適用済み)


全長: 50cm

重量: 1.2kg(バッテリー装着時)

表皮素材: 難燃性アラミド繊維(抱き心地:最高)

骨格: カーボンナノチューブフレーム

駆動系: 流体ポリマー人工筋肉

演算ユニット: 量子コアAI(違法改造版)

接続方式: 神経直接インターフェース(痛みを伴う)


主要機能:


バイタル監視・管理

身体強化(筋力300%増幅)

ハッキング支援

近接格闘補助

皮肉なジョーク(不具合の可能性あり)


警告:本製品は政府非認可です。使用による人格変容、感情の希薄化、睡眠障害等の副作用が報告されています。

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