第21話 ヴィスキーロール

 私は朝からミュラーさんの粉屋に出かけました。ホスティア用に作ったヴィスキィロールを受け取りに行くんです。


「こんにちは、ミュラーさん。昨日預けたヴィスキィロールを受け取りにきました」

「あいよ」


店の奥からミュラーさんの返事が返ってくる。


「そういやあ、トゥーリィ。大変だったねえ。事件に巻き込まれたんだって」

「あっ、もうそんな話が出回っているんですか」

「ああっ、俺も家内に聞いたところだよ。いつもと来ている服が違うのは、そのせいかい」

「そうなんですよ」


 いつも着ていたアンバーのハビット(修道服)が修理不可能なほど破れてしまい、今はごわっとした生地でサフラン色の長裾の貫頭衣トュニカを着ています。

 頭のベールもダメになったんでウィンプル頭巾を被ることになりました。これに肩衣のスカプラリオを羽織ると儀典用の正装になってしまいます。

 実は藍色のハビットも持っているけど、見習いの私には荷が重すぎなんです。

 その内、店舗の奥から、ミュラーさんが包みを二つもってきてくれた。


「はい、これ、お預かりもの」

「ありがとうございます。今日、皆さんにお配りしますね」

「そうなのかい。ウチのが身重でなければ行けるのになあ。残念だよ」


 だけど、ミュラーさんには作るのを手伝ってもらってるし、ちょっと考えていることもあります。話をしないといけません。


「そうだ。ミュラーさん。ヴィスキィロールを味見してもらえますか? 実はぶっつけ本番に作ったんで私も味見してないんです。是非とも意見聞きたくて」

「そうなのかい。そりゃあ楽しみだ。是非ともやらしてくれ」

「はい、お願いします。そうそう糸を借りられますか? 細くて強いの」

「わかった。家内に聞いてみるよ」


 彼は奥に戻り、糸を取りに行ってくれた。戻ってくると奥様も一緒に出てきます。


「私もご相伴にあずかって良いかしら。昨日見てて興味あるのよ」

「いいですよ」


 ヴィスキィロールの入った包みを解きます。主にはフリッジの願いを聞き遂げられたんで触るとひんやりと冷えていました。

 借りた糸を生地にひと巻きしてクロスさせて、そのまま糸の両側に引っ張ると綺麗な断面を見せてくれた。三枚ほど薄く切り分けます。


「糸とは、うまいこと考えたね」

「私も、前の厨房で教えてもらいました。では、どうぞ」


 

ミュラーさんご夫妻は、早速口に入れていく。もちろん私も。


「こりゃ美味しい。ヴィスキィ生地も柔らかいし、中のクリームもくどくない。甘さも程よいし、蜂蜜使ったんでコクもある。うまいよ」

「ほんとぅ、甘さが優しいのね。美味しいわ」


 目分量で作ったわりには上手くできだと思います。以前は、聖教会の厨房でお裾分けってことでチョクチョクもらっていたんだけど、ここのパラス教会に来てからは、久しぶりの甘味なのね。う〜ん、テイスティ。甘さを堪能したよ。


「食べてもらったとこで、お願いがあります」


 あらためて、お二人に私の考えた話をします。


「このヴィスキィを、ここで作って売り出して貰えませんか?」


 話を聞いたミュラー夫妻の顔が驚きに変わる。


「私も普段の行事で、なかなか作れないんです。そこでミュラーさんにお願いできないかと」

「そりゃあ、このヴィスキィロールなら、美味しいし売れるよ。でも本当にいいのかい?」

「ええっ。まあ、多少ロイヤリティを頂ければよろしいかと」


 すると彼の顔が商売人の顔に変わる。


「いかほどで」

「教会へのお布施に、ちょこっと上乗せしてくれれば良いですよ。それとホスティアを配るの時は安く提供して貰えば。こちらからのお願いでもありますから」


 ミュラーさんの口角が上がる。


「それでよろしければ、是非ともやらせてくれ。いや、作らせてください」


 私も笑顔を返す。彼は、私へ顔を近づけると小声で、


「本当にいいのかい。あんたがやれば、儲かるのに」


 私も小声で返す、


「見習いとはいえ聖女ですから、世俗に塗れるようなことはできませんよ」


 そして彼から離れると、普通の声で


「ほんと、助かります。作るのを結構、重労働なんですね。これが。続けたらニの腕が、ご主人みたく、ご立派になりますよ。ゴツい体の聖女って見栄えが良くないと思いません」


はははっ

ふふふっ


 2人して笑って、ガッチリ握手をします。


 ミュラーさんに見送られ、店を出て教会までのヴィスキィロールの包みをもっての道すがら、本日の段取りを考えていく。ホスティアの供物は用意ができたから、あとは赤甘茶を煮出しておけばいいかな。讃美歌は19番、あれは運指が比較的覚えやすかったね。帰ったらまずは、エントランスの掃除だ。そんな取り留めのないことを考えながら歩いていると、


「そこの修道女」


 なんか呼び止められました。格好が格好なだけで,そう呼ばれてしまいますね。私は振り向き、声の主を見ると頭の位置が高い。仰ぎ見てしまいます。背は割とありますね。そこには、しなやかな姿態を持つ黒髪の少年とも見える男の人が立っていました。


「聖教会のパラスサイド教会は、どういくんだ? すまん。迷ったみたいなんだ」


 あららっ、迷子ですね。


ふふっ


 私も同じでした。お仲間、お仲間。

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