第三章 夢の墓場
闇の中を、コンテナにしがみついて下っていく。
やがて視界が開けた。地下数百メートル。「夢の墓場」だ。
眼下には幅広のベルトコンベアが幾筋も走り、無数の廃棄チップ――かつて誰かが大金を払って手に入れた「幸福」の成れの果て――を運んでいる。
都市が排泄した夢の汚水。その奔流が、巨大な焼却炉の火口へと向かって流れていく。
アラタはコンテナの影から飛び出した。
目指す『第九隔離区』への正規ルートは塞がれている。残された道は一つ。排熱ダクトと、廃棄物が堆積したメンテナンス用の獣道だけだ。
彼はダクトの縁に手をかけた。
ジュッという音がして、手のひらの皮膚が焼けた。悲鳴を喉の奥で殺す。
サーバー冷却の排熱で高熱を帯びた鉄塊を、アラタはよじ登った。
膝をつくたびに、堆積した鋭利なゴミ――割れたシリコンウェハーやガラス片――が、ズボンの生地を切り裂き、肉に食い込む。
ふと、アラタは自分が何を踏みしめているのかに気づいた。
足元に広がるのは、単なるゴミの山ではない。
誰かの「愛されたかった」という願い。誰かの「認められたかった」という渇望。それらが圧縮され、化石のように積み重なった地層だ。
この都市は、死んだ欲望の珊瑚礁の上に成り立っている。
そして俺は今、その珊瑚の棘に全身を切り刻まれながら、ただ一人の生身の人間を探して這いずっている。
痛い。熱い。
だが、その激痛こそが、俺が「夢」から覚めた証拠だった。
泥水を啜って生きてきた、あの頃の感覚が蘇る。俺はエリートじゃない。ただの、しぶとい生存者だ。
ダクトを這いずり、最深部のフロアへと落下した。
受け身を取った肩が軋む。顔を上げると、目の前に重厚な隔壁があった。
壁面には警告色で『第九隔離区(Ward-9)』。
アラタは血に濡れた手で、制御盤の隙間に金属片をねじ込んだ。
――開け。
渾身の力を込めてこじると、火花と共にロックが弾け飛んだ。
プシュウ、と空気が抜ける音。隙間から漏れ出してきたのは、死のように冷たい空気だった。
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