美しい星の道草(カクヨムコン11:未知)
柊野有@ひいらぎ
第一章 演劇集団クワガタは京都御所を走る
オープニングの曲が流れている。
──舞台は暗転。
調光室から見ると、舞台の板場に貼られた蓄光テープだけが、ほのかに光っている。スモークの焚かれるかすかな音、苦い匂い。
三島由紀夫の『美しい星』の幕が上がった。
僕は、田中克久(たなか かつひさ)二回生、演劇集団クワガタの照明担当だ。
この劇団は、京都の大学のいくつもある小劇団のひとつ。舞台看板は、某京大にも架けさせてもらう、由緒ある小劇場。僕は他の大学から来て所属している。
地方から来た劇団員もいて、標準語、関西弁、いろいろの言葉が飛び交う。
照明という仕事は、ただ卓の前に座ってスイッチを押すだけではない。
孤独にはスチールブルーを薄く、恋の気配には、ほんのわずかにピンクを混ぜる。
スポットライトとバックライトを自在に操り、グラデーション、映写、完全な暗転で、物語の流れを誘導する。
僕たちは役者を照らすが、物語を俯瞰する、だからこそ、異変に先に気づく。
••✼••
照明のふたつ年上の先輩、
「色は混ぜたら濁る。せやけど濁りが必要な時もあるんやで」
「舞台は作り物やけど、光だけは本物や。嘘にならんよう当てこまんとあかんねん」
百戦錬磨の彼の言葉を思い出しながら、僕は台本の余白に光のメモを書き込んでいく。
新入生歓迎公演が、今回五月に行われる。その日に劇場を押さえたと、演出の大崎さんから知らされた。
演劇集団クワガタは、そのために秋から練習を始めた。練習の始まりは、京都御所を二周走るところからだ。
冷たい空気の中、授業が終わり次第、来た者からそれぞれ走り、息を切らしながら戻ってきて、発声練習。
夕方、練習場が閉まるまで時間を使い切る。舞台美術は、劇団員全員で作る。
今回の演出は、
彼は三回生で、一年から脚本を書き台本読みのミーティングに提出しているベテランで、怒鳴らず、稽古場の空気を柔らかくしたまま進められる貴重な演出家だった。
他の先輩たちは某蜷川演出を真似てか、よく灰皿を飛ばした。練習が終わりになる頃には、アルミの灰皿をフリスビーのように、人に当たらぬよう遠くまで投げられるようになっていた。
今回は名物灰皿投げの出番はなかった。
••✼••
御所ランニングが終わり、全員が汗を拭きながら円になって座った。
大崎さんが
「では、『美しい星』の配役を発表します」
空気が一瞬張りつめる。
「大杉重一郎(火星人)──
日高は無表情のまま軽く頷く。
千秋が「似合うわ〜」と小声で笑う。
「大杉伊余子(木星人)──
千秋は「よっしゃ!」と拳を握り、周りがクスクス笑う。
そして──
「大杉暁子(金星人)──
紗奈は一瞬、息を呑み大きな眼を見開いて固まった。
千秋が背中を叩き、「おめでとうやん」とささやく。
大崎さんは優しく言った。
「紗奈ちゃん、あなたの声は暁子に合う。この役、頼むな」
車座になった練習場のなかで聞いていた僕は、その瞬間、紗奈の輪郭がふわりと脳裏に浮かび上がるように見えた。
(……光が拾うタイプやんな)
••✼••
ランニングが終わると、役者は台本へ、音響は機材へ、僕ら照明は、木材と工具、図面へ向かう。
今回は特に大物だった。アルミホイルを十本、全体に巻きつけ、円盤型のUFOのセットになる予定。
舞台の半分を占める半円形の巨大な円盤で、五段階の動きを仕込む。最後には、小さなライトとワイヤーで演出する。
僕らは何度も動かし方をシミュレーションし、劇場から貰った配線図に書き込み、どこに負荷がかかるかを考えた。舞台上には組み立て、出番までは隠しておかなければならない。
現状回復を考えつつ、劇場に持ち込めるサイズを考える。それまで図面が頼り。立体的な図面を作り、舞台監督と相談しながら鉄板や木材を買い出しに行く。
そんな日々だったが、主役が決まった一回生の山下紗奈は、みめ麗しい姿で、練習場を華やかせていた。
大学のキャンパス内で、二回生になったばかりの千秋が無理やり引きずるように連れてきた彼女だったが、儚い雰囲気で、声は透明感のある柔らかいウィスパーボイス、しかし緊張するとすぐ固まる。
そこも我が強い劇団員仲間にはないキャラクターで、可愛がられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます