妖怪の殺し屋さん

沼米 さくら

狐憑き

前篇


 昔、一人きりの座敷牢で、親友に聞きました。

 ——この世には、人ならざるものだけを殺す仕事人ころしやがいるのだと。

 ——恨みを持たれた妖怪変化アヤカシは、その仕事人に殺されてしまうのだと。

 ——だから『我ら』は、決して悪事を働かないのだと。


 そしてある夜、わたし——野宮のみや いずなは見てしまったのです。

 妖怪を惨殺する少女の姿を。


「……あ、見られちゃったか」

「ひっ……」

 彼女は短刀を振って付着した液体を払い、切れ長の瞳でわたしを睨みました。

 深夜。路地裏。街灯の下。眼前には血のようなものを流しながら空気に溶けていく一つ目の妖怪。下手人の少女は夜闇に紛れそうな黒いドレスを翻し、すらっと伸びた白い足をこちらに向けました。

「…………」

 わたしは気配を消して、街灯の裏に隠れていたはずでした。こうしていれば誰にも見つからない——少なくとも人間には見つかったことがありませんでした。

 なのに、気づかれてしまったのです。おそらく最悪に近いタイミングで。

「おーい。隠れてないで出てきなよ。——じゃないと、殺しちゃうよ?」

 親しみやすそうなお姉さんの声。しかし、その言葉はあまりにも物騒。


 ——噂は、本当だったんだ。


 目を丸くしたわたしは——どこか、興奮を隠しきれませんでした。

「……ターゲット以外は殺したくなかったんだけどなぁ。あと五秒だけ猶予をあげる」

 息を殺して——殺しきれず。

「ごー……よーん……早く出ておいでー……さーん……」

 カウントダウンする彼女の前に。

(……おきつねさま。一旦『ストップ』して)

 思わず姿を表し——顔を出してしまいました。


「……ああ、人間だったんだ」

 彼女の呟いた言葉に、わたしはわずかに耳をひくつかせました。

「よく、わたしを人だとわかりましたね」

 睨みつけて言ってみると、彼女は「ああ、まあ、こういうのは慣れてるから」なんて誤魔化すように笑います。

「……狐の耳が生えてるヒトなんて、わたし以外に聞いたことがないんですけど」

「たしかに珍しいね。けど、たまにいる。それが『視える』のは一部の人だけだし、あまり聞かないのも納得だけど」

「…………」

 本当なのかな。うさんくさい。

 なおも睨みつけるわたしに、彼女は笑いかけました。

「大丈夫。人間には危害を加えないから」

「…………?」


「信じてないね? でも本当だよ。——私はアヤカシ専門の『仕事人ころしや』だからね」


 ——やっぱり、噂の主はこの人だったんだ。

「……いいんですか? そんなに話しちゃって」

 震える息をどうにか整えつつ尋ねると。

「ああ、ちょっと口が滑ったね。でもどうせ君が知ったところでなんの役にも立たないでしょ?」

 あくまでひょうきんな口調を崩さず、彼女は笑います。

 わたしは直感しました。

 ——ああ、この人だ。この人が、昔聞いた『仕事人』だ。


 ——わたしを、救ってくれる人だ。


「あ、あのっ」

 さあ帰るかとドレスの裾を翻した少女に、わたしはおずおずと尋ねます。

「……お名前、聞いてもいいですか?」

「『梅花バイカ』。この姿の時はね。……名前を聞いたってことは」

「は、はい」

 わたしは覚悟を決めていました。

 ——仕事人に、仕事人としての名前を尋ねる。それは即ち『依頼』の礼法。


「……内容を、聞かせてもらってもいいかな?」

 幼い子供に尋ねるように、彼女はかがんで目線を合わせました。

 はやる心臓の高鳴りを押さえながら——わたしは彼女の目を真っ直ぐと見て、はっきりと告げました。


「わたしの親を、殺してほしいんですっ」


    *


「はぁー……」

 昼休み。高校の教室。私は机に突っ伏した。

「どーしたの、ウメ」

 友達の言葉に、「いやー、なんでも」と笑って誤魔化す。

「こんなダルそうに突っ伏しといてそれはないでしょ。なに? 生理?」

「違うから。あー、その……バイトでちょっとめんどくさいことになっちゃって」

「なに? クビ?」

「そこまででもないけどさー」

 なおも笑って誤魔化そうとする私を怪訝な目で見つめる友達。

「まあいいけど」

「助かるよー」

 どうにかごまかせたようだ。

 ……あんまり言ってて気持ちの良いものでもないからね。妖怪専門とはいえ、『殺し屋しごとにん』なんて。


 そう、私——津田沼つだぬま 梅子うめこは、殺し屋だ。

 妖怪しか殺さないし、人間を殺すのはご法度。しかしそういう裏の顔を持った人間なのだ。


 紙パックのコーヒー牛乳にストローを刺してチューっと吸いつつ、私は視界の端を見た。

 常人には見えない小妖怪がちらついては逃げていくのを目で少し追いかけてみると、その先に彼女はいた。

 紫の着物をまとっている、明るめの茶髪をした小さな女の子。頭の上にはちょこんと狐の耳が生えている。

「……本当に普通の人には見えないようになってるんだね、きみ。妖怪の力を借りてるのかな?」

 小さな声で伝えると、彼女はコクコクと首を縦に振って。


「だからっ、パパとママを殺してくださいっ!」


 笑顔で尻尾を振りながら、何度も聞いたその言葉をもう一度吐き出した。

 私は頭を抱えた。

「……一旦中庭にでも出ようか。周りに声が聞こえると危ないし」

 教室の何処かからヒソヒソと話す声が聞こえる中、私は教室を出た。他の人には見えない小さな女の子を連れて。


「あのねぇ、何度も言ってるけど私は人間は殺さない主義なの」

 中庭。お弁当をついばみながら少女の頭を小突く。

「いてっ。なんでですかぁ」

 拗ねる彼女に、嘆息する。


「仕事人はね、妖怪以外を殺しちゃいけないんだよ」

「どうしてですかっ? あなたほどの人なら、人間なんて簡単に一捻り——」

「だからいけないんだよ。——簡単に殺せてしまうからこそ、その一線を越えると『ただの殺戮者』へと成り下がってしまう」

 私たち仕事人には、たくさんの掟がある。

 妖怪以外の殺しはご法度。代価を受け取らない殺しもご法度。年に数度の会合にも参加しなければならないし、裏の姿を人に見せるのもダメ。事故で見られてしまう分には仕方ないけど、故意にやるのは禁止。

 ——そういった掟は、私たち闇の者が人として生きていくための条件であり、理性と尊厳を守る最後の一線だ。

「あなた一人のために、人としての尊厳を捨てるわけにはいかないな」

「…………へんだよね、おきつねさまぁ。……そう? ならいっか」

 頬を膨らましぶつぶつと独り言を呟く少女に、私は尋ねた。


「どうしてそんなに、親が憎いのかな」


 他愛のない質問だった。しかし、彼女はぴくんと肩を震わすと、僅かに深呼吸して。

「……おねえさん。あとで、うちにきてくれますか?」

 呟いた。


    *


 放課後。

「……おっきいね、君のおうち」

 思わず呟いた。

 だいぶ広い庭。母屋は瓦葺きの堂々とした古式ゆかしい一軒家。その玄関に手を伸ばそうとした私の手を、少女は「ちがいますっ」と言って引いた。


 案内されたのは、少し歩いた生け垣の隙間。奥には大きめの蔵が見える。

「ここから入るんです」

「へ、へぇ……どうして?」

「わたし、ホントは外に出ちゃいけないみたいなのでっ」

「…………」

 当たり前かのように告げる彼女に、私は少し息を呑む。


 そして狭い生け垣を抜けて壁の割れたとことから招かれた蔵に、口を開けた。

「……なんなの、ここ」

「わたしのお部屋——座敷牢ですっ」


 二畳半程度の狭い部屋。木張りの壁はささくれ立っていて、ところどころ黒いシミが付いている。

「わたしはフーテンできちがいのキツネツキらしいから、こうしなきゃいけないみたいです」

「……そっかぁ」

 水洗便所なんて高等なものはここにはない。代わりにあるのは幼児用らしきおまる。その脇には蓋のついた壺が置かれていた。なにが入っているのかは考えたくない。

 結構な悪臭が染み付いたボロボロのシーツにもついた赤茶色のシミから目を背けつつ、私は顔をしかめた。

 ……こんなこと、現代社会で許されていいの?

 そんな疑問に答えるように、少女は少しだけ笑って。

「シタクカンチっていうらしいです、こういうの。わたしみたいな、頭のおかしい人をなおすためのやつ」

 告げた。……違法じゃん。


 現代において『私宅監置』——要するに精神障害者などを座敷牢に監禁するような行為は禁じられている。

 精神を病んでしまったのならば、然るべき場所で適切な治療などを行うべきだ。それが先天性の障害だったのなら、専門の医師などからアドバイスを貰いながら落とし所を見つけて生きなければならないものだ。

 対して、その私宅監置は治療にはならない。ただ厄介者を獣扱いして外に隔離し、見ないふりをしているだけ。それはもうなんの役にも立ちはしない。

「たまに少しのご飯はもらえます。だからしあわせです。

 ママはわたしを哀れそうな目で見下してますし、パパはたまにわたしを見かけると早く死ねと言ってきますよ。でも、かまってもらえるのでしあわせです。

 殴ってもきますし、わたしの血で汚れた拳をわたしの髪で拭って、唾を吐いて突き飛ばします。——わたしはそうされて然るべき存在なので、なんとも思わないんですけどねっ」

 ——これはもう、ただの虐待だ。

 自分に言い聞かせるかのように口にする少女に、私は絶句する。

「きっとわたしは、生まれてきたのが間違いだったんだと思います。だって、少なくともあの人達にとっては邪魔者でしかないんですからっ」

 こんな小さな子供に、こんなことを言わせるなんて。しかもこの子は『妖怪が視える』だけの普通の子にしか見えないのに。

「だからです。わたしが死ぬついでに、あの人達にも死んじゃってほしかったんです。あはっ。……ちょっとでもあの人達に、痛い目にあってほしいって思うのは……そんなにおかしいことなんですかね」

 笑顔のままボロボロと涙を流しだす彼女。

「……なんで涙が出るんだろ。あはっ、あははっ。へんだよね、おきつねさま……」

 呟いた少女に、私は尋ねた。

「……おきつねさま?」

「あはっ。……見えませんか? わたしのそばにいるの。……紹介しなきゃ」

 そういって、彼女は空中を指さした。

「この子は、おきつねさま。……わたしのいちばんの、親友ですっ」

 息を呑んだ。……これがイマジナリーフレンドってやつか。


 ——きっと彼女はなにも悪くない。ただ生まれ持った『性質』を勘違いされただけ。悪いのは親だ。

 しかし……私は人を殺さない。そもそも、殺したところで解決法にはなりやしない。

 殺さねばならないものは、別にいる。


「そういえば、君自身の名前は?」

 名を聞いていなかったことを思い出し尋ねてみると、彼女は泣きじゃくりながら答えた。

「野宮 いずなですっ」

「そうか、いずなちゃんか。……いい名前だね」

「……?」

 嫌になるほど因果な名前だ。伝える気はないけど。

 私は彼女の頭を軽く撫でながら——背後に揺らめく影を睨んだ。


 ——お前だろう? いずなちゃんに『その力』を与えた主は。

 誰よりも彼女を想い、尽くしてきた妖怪。揺らめくそれは、ぎょろりと私を睨んだ。


『怒りの日は来たる。——止めてくれるなよ』


 念のようなものが伝える声なき声に、私はもう一度深く息を吐いた。

「——ねえ。君は本当に、それでいいの?」

 その問いに、少女の目は少し丸くなった。


 ……今夜は休めなさそうだ。

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