第10章 認識

森に入る理由は、特別なものではなかった。

罠の確認。

木の実の様子を見る。

それだけで十分だった。


少女は一人で歩く。

村の者たちは、止めなかった。

森は危険だが、同時に生活の一部でもある。


木々の間を抜ける。

光はまだ届く。

霧はない。


足を止めたのは、音だった。

何かが動いたわけではない。

音が、止まった。


鳥の声が途切れ、風が葉を揺らさなくなる。

森全体が、息を潜めたように静まる。


少女は立ち止まらない。

ここで止まる理由はない。

そう判断し、歩き続ける。


だが、一歩進むたびに、視線を感じる。

前でも、後ろでもない。

周囲すべてから向けられている感覚。


木を見ても、違いはない。

幹は幹のまま。

葉は揺れ、影は影だ。


それでも、森の配置が整いすぎている。

通路が、少女の歩幅に合っている。

枝の高さ、地面の起伏、避ける動作の角度。


合わせられている。


少女はそこで、初めて足を止めた。


理由は、恐怖ではない。

理解だった。


森は、判断している。

獣でも、人でもない基準で。

今、ここにいる存在を「通すかどうか」決めている。


少女は、何も言わない。

動かない。

呼吸だけを一定に保つ。


長い沈黙のあと、風が戻る。

鳥が鳴く。

葉が擦れる。


森は、沈黙を選んだ。


道は閉じなかった。

罠も壊れていない。

何も奪われていない。


ただ、少女は知ってしまった。


この森は、

入る者を覚える。


そして一度、覚えたものを、

次に見るとき、同じではいない。

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