第一話

「ブッ壊れる準備は出来てるよなぁー! ラストナンバー行くぜっ!」


 ボーカルのナツが会場全てを掌握するかのようにシャウトする。


 大きい箱ではないが、コンサート会場にひしめき合った大勢のオーディエンス。これでもかと歓声を上げ、汗を飛ばしながら鼓膜が破れそうな音圧に合わせ、何度も拳を突き上げる様は圧巻だ。


 派手に瞬く照明が次々と紡がれるビートにリンクし、会場内に充満した熱気もカラフルな光源により視覚化されていく。ライブの盛り上がりと一体感は最高潮に達した。


 一層大きな歓声に揺れる中、熱に乗せられたオレ達は余すことなく全力を演奏にぶつけ、今夜のステージも限界を超える。


 今、最も勢いに乗るインディーズロックバンド「SHIKI」。


 メンバーはボーカルの夏生なつき、ギターのあき、ドラムの治紀はるき

 そしてバンドのリーダーでベースのオレ、ゆき


 ハル、ナツ、アキ、ユキ。

 

 春夏秋冬が揃った事で、安直だがそう名付けた。

 幼少期から長い事一緒につるんできた気の合う仲間だ。

 

 誰が言い出したのかなんてもう忘れたけど、気が付けば音楽に夢中になっていた。山形県新庄市という田舎からメジャーデビュー寸前まで漕ぎつけたのだから、オレ達には才能があると驕っていたんだ。






 ライブを終えた後、興奮の熱も冷めやらぬまま、会場出入口近くにある控室で汗を拭き取り着替えていた。


「ねぇねぇー。今日の俺ちゃんのギターめっちゃイカしてたと思うんだけどーっ! なんかすっげぇ気持ち良かったって言うかさ――」


 余程いい体験をしたのだろう。先程までのステージを思い返す様にエアギターをかき鳴らし「凄かっただろ?」と胸を張りドヤるアキ。


「全体的に良かったと思うっス。でも走り過ぎた感じはあるっスよね? 演奏はノッてたからそれが悪いって訳じゃないっスけど……もう少し僕のドラムとユキのベースは聞いて欲しいかなって」


「聞いてる聞いてるー。めっちゃ聞いてるってー! それも踏まえてイカしてたろって話ー。ね、ナっちゃんもそう思わん?」


 ハルに図星を突かれたからか、それとも単純に褒めて欲しかったのか。会話を振ったアキの期待に、ナツが返す言葉はいつも通りだ。


「ああ、そうだな」


「やっぱりー? 流石ナっちゃん分かってるーっ!」


 どちらとも取れる返事に、アキは都合よく解釈する。

 お調子者のアキと、しっかり者のハルは、こうやって自己主張してくれるから分かりやすい。


 だが、口数少なく一見クールに見えるナツは、恰好付けること以外、実は何も考えていなかったりする。


「客のノリからして、全体的な仕上がりは良かったと思う。だがハルの言う通り、もっとベースラインを大事にした方がいい。走るのが悪いんじゃない、走り過ぎるなって事だ。調和は大事だからな」


 オレがまとめると、反論の余地がないアキは軽く肩をすくめた。

 そんなアキの背中を軽く叩き「次のライブも楽しもう」と労うハル。


「ああ、そうだな」


 ナツは本当にマイペースでブレない奴だと思う反面、いつも通りの返事に話を聞いていたのか若干疑わしくもある。

 だけど、これがいつものオレ達。


 帰り支度をしながら、控室まで聞こえて来る客の会話に耳を傾け、今日の出来を知るのが楽しみの一つだ。最終的にはその声がライブの成否を教えてくれる。


「今回も熱かったよなー。音圧凄すぎてまだ耳聞こえねーし」

「アキのギターもノリまくってたじゃん! やっぱ勢いあるって!」

「そこはしっかりしたベースラインあってこそだろ」

「でもラブソング系の歌詞ならさ、恋愛経験豊富なオレの方が上手いんじゃね? なーんてな」


 上々な反応に満足感を覚えながら感動に浸っていると、アキがオレの脇腹を肘で突く。今の会話に便乗し、鼻息荒く勝ち誇ったような表情で「だろー?」と同意を求めてきた。


「はいはい。アキの腕はオレも認めてるって。次もよろしく頼む」

「ユキちゃんも素直じゃないねぇー。たまには褒めてもいいんだぜー?」

「アキ、その結果が今日の走り過ぎに繋がってるって事っスよ?」

「あはー、知ってるー! てかハルちゃんキビシーっ!」


 確かに、全体的に悪くない出来と感触。

 それと客の感想も相まってか、オレの頬も少し緩みがちになる。

 打ち上げで飲む激安ビールも、いつもより多少は美味く感じるだろうか。


「よし、なら後は撤収して打ち上げに――」


 お喋りはこれくらいにして、まずは片づけを終わらせてしまおうと発した言葉の途中で、浮かれた気分を地に叩き落すような会話が耳に届いた。


「悪くないんだけどねー。何てゆーか他のバンドとの違い? コレっていうのが足りない感じするくなーい? どこにでも転がってるよね感?」

「あっ、分かるーっ! メンバーの顔が良いのが救いって感じだよねー」

「それなー。早い話、他でもいいってゆーか? 正直飽きたなー、中身薄だし。アレじゃイケないわー」

「あはっ! 辛辣ーっ! けどまあ、歌詞が一番ペラいよね。人生経験薄っすーって思った」


 怖いものに魅入られでもしたかの様に、表情が固まったまま動けなくなったオレ達。

 しばらくの間、重い沈黙に支配され、顎先から滴り落ちた汗が床を打つ。


「あは……、あははは……。最近の子は手厳しいっスねー」


 酷い空気を断ち切るように、ハルが無理やり笑いにすり替えた。


「マ、マジでそれなっ! 辛辣ーって、こっちのセリフだっちゅーの!」

「ああ……、そうだな」


 動揺が隠せないアキとナツの表情が引き攣る。


 どんな物事にでも反対意見や批判はあって然るべきなのは理解してる。

 だけどこれは不満の声だ。

 今後業界でのし上がる為、競争優位性を築く為に、オレ達に不足している部分と受け取っておいた方がいいだろう。

 むしろ、彼女らに教えて貰ったのだ。


 確かに、オレ達は少し有頂天になっていたのかもしれない。

 何にしろメジャーデビュー前というこのタイミングだ。

 運は悪くない……はず。


「……まずは撤収しよう。話はそれからって事で」


 いつもより重く感じられる空気がオレ達の口数を減らす。


 機材を外に運び出しながらふと空を仰ぐと、やけに朱色がかった妖しい雰囲気を漂わせた月が、高い場所からオレ達を見下ろしていた。


 滑った湿気が着替えたばかりのシャツを汗ばませ、夏はまだ始まったばかりなのだと訴えかける。


「今年の夏は、やけに暑そうだ」


 現実逃避したような独り言に、返ってくる言葉はなかった。





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