おもちゃ屋さん。

雪餅兎

第1話 壊れた形見

 冬の湿った風が吹き抜ける夕暮れ時、15歳の真人まひとは、ダウンジャケットのポケットの中で、一つの壊れた時計を、強く握りしめていた。


 亡くなった母の形見、銀色の腕時計だ。

 3ヶ月前、原因不明のまま秒針が止まり、どの時計屋に持っていっても「古い上に特殊な構造で、部品がないから直せない」と、突き返されてきたものだ。諦めかけていた時、学校の裏手のさらに先、地図にも載っていないような入り組んだ路地裏に『その店』があるのを見つけた。


『おもちゃの病院 ――どんなモノでも直します――』


 手書きの看板は泥に汚れ、文字の端々がミミズが這ったように歪んでいる。おもちゃ屋というにはあまりに静かすぎる佇まいに、真人は一瞬足を止めたが、背に腹は代えられない。意を決して重い引き戸を引いた。


「……ごめん、ください」


 店内は、異様な光景だった。 天井からは手足のバラバラな操り人形がぶら下がり、棚には色褪せたブリキの兵隊や、片目が欠け落ちたテディベアが隙間なく詰め込まれている。埃の匂いの中に、なぜか微かにのような、生臭い匂いが混じっている気がして、真人の鼻をついた。


「いらっしゃい。困りごとかい、少年」


 カウンターの奥から、ずるりと影が立ち上がった。 中年の男だ。シワの刻まれた顔に、不釣り合いなほど白く整った歯を見せて微笑んでいる。その笑顔は一見、慈愛に満ちた聖職者のようにも見えたが、真人は本能的な拒絶反応を覚えた。


 ……目が⋯笑っていない。


「これを、直してほしくて」

 真人は怯えを隠すように、腕時計をカウンターに置いた。男はそれを手に取り、少し汚れた指でなぞる。


「ほう……いい時計だ。大切にされていたのが伝わってくるよ。安心しなさい。私に直せないものはない。元通りにしてあげよう。どんなモノでも、ね」


 男の低い声が、狭い店内に嫌に響いた。真人は「お願いします」とだけ言い残し、逃げるように店を後にした。背中に、あの店主のねっとりとした視線がいつまでもへばりついているような気がして、真人は何度も肩を震わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る