第一話 冒険者見習い

 空のように青い天井と太陽にように力強く照らすダンジョンの中。


「さて、今日の訓練は外周のランニングだ。よし、皆、走れっ!」


 僕は頭を全て剃っている教官の掛け声に従って、他の冒険者“見習い”と一緒に迷宮の中を走る。ここは迷宮の中といっても、柵で区切られた安全な場所だ。四六時中冒険者が見回っているのでモンスターも現れない。


 僕が今いるのは、港町セウにある『ミラ』と呼ばれるダンジョンだった。

 ここでは徒弟制度と呼ばれるものがあり、冒険者志望の人たちは熟練の冒険者を師と仰いでダンジョンの中で体を慣らしながら訓練を行う。


 そして数週間、あるいは数か月一度も地上には戻らずにずっとダンジョンで過ごす事によって、多くの冒険者が『唯一技能(ワン・オフ・アビリティ)』を授かるのだ。


 そんな『唯一技能(ワン・オフ・アビリティ)』を、多くの冒険者は短く“アビリティ”と呼ぶ。

 アビリティはモンスターを倒すために、冒険者が目覚める力と言われている。


 だが、人によって発現するアビリティは大きく違う。

 例えば剣に火を纏わす力、相手の動きを阻害する力、はたまた毒を生み出す力など本当に色々なものがある。


 どんな人が、どんなアビリティに目覚めるかは学者が研究しているらしいけど、未だに分かっていない。

 要するにランダムって事。

 でも冒険者志望の僕たちが思うのは、授かるアビリティが強力であってほしいという事だけだ。


 僕はそんな事を願いながら、こうやって、教官に怒鳴られながら他の見習いと一緒に迷宮内を必死に走るのだ。

 いち早くアビリティに目覚めますように、と願いながら。

 そんな事を願っている間に、今日のランニングが終わる。

 僕が休憩がてら皮袋に入った水を飲んでいると、声を掛けられた。


「調子はどう?」


 それは僕の友人であるレイチェルだ。

 この町に来てから知り合ったセミロングの茶髪がトレードマークの可愛らしい友人だ。同じ時期に冒険者志望として、セウの徒弟制度に申し込んだのだ。

 ここの制度を卒業した後は、パーティーを組もうとも約束している。

 今からでもその日が楽しみだ。


「いい感じだよ」


「それはよかったわ。私もね、調子はいいの。でも、アビリティはまだみたい。うんともすんとも反応がないの」


「僕も同じくまだみたい」


 アビリティが覚醒する時には、体が熱くなると言われている。

 まるで灼けるような痛みであり、それを乗り越えて初めてアビリティを手にすることが出来るのだ。

 僕はまだ味わったことがないけど。


「一緒にいいアビリティに目覚めようね!」


「当然だよ!」


 レイチェルの言葉に強く僕は同意する。


「私はね、龍でも狩れるようなアビリティがいいの! グランデさんと同じようなアビリティでもいいけど」


 レイチェルが夢のように語る英雄であるグランデのアビリティは有名だ。

『七星宝剣(セブンススター)』は最も有名なアビリティの一つだ。

 これまでの冒険者が目覚めてきたアビリティの中で、最も強力だと言われているのだ。


「僕もそんなアビリティだったらいいな」


 グランデさんと同じアビリティならぜひ目覚めたいものだ。

 まあ、誰かと似たようなアビリティに目覚める事はあっても、全く同じアビリティに目覚めることはないらしいけど


「そうでしょ? 一緒に凄いアビリティに目覚めようね!」


「もちろんだよ!」


 僕は頷く。

 こちらへと微笑むレイチェルは可愛らしくて、実家では家族でない女の子と殆ど関わっていなかったのですぐに恋に落ちそうだった。


「でもね、もし、もしもだよ。もしも使えない能力だったらきっとショックを受けると思うな。私の従兄なんて必死に冒険者になろうとして、目覚めたのがデコピンを強化する能力らしいんだ! モンスター一匹すら殺せないから、遠くの田舎へ行って農家をしていると聞いたんだよ」


「それは悲しいね」


 もしも使えない能力だったら、と思うとアビリティに目覚めるのが怖くなる気もする。

 恵まれたアビリティに目覚める冒険者はそう多くはない。

 モンスターを殺すのに役に立たないアビリティも数多く存在すると聞く。


「でもね、私たちならきっと大丈夫と信じている!」


 夢見るだけで、輝かしい未来を想像できた。


「僕もそう思う!」


「そして一緒に英雄になろうね!」


「うん! 絶対になろう!」


「うん! ずっと一緒だよ!」


 レイチェルは手を差し出してきたので、えへへと僕も笑いながらハイタッチをした。

 僕たちの挨拶だ。

 いつもこのような楽しい会話をしながら、僕たちは苦しい訓練に耐えている。でも将来の事を思うと、そんな訓練でさえ楽しくなってくるから不思議だ。


 そんな会話から数日後、レイチェルはアビリティに目覚めた。

 『|緋の剣(エスカラーチェ・イスパーダ)』だ。

 持っている剣に真っ赤な炎を付与させるアビリティのようで、ギフト使い達がよく使う『付加(エンチャント)』と呼ばれる武器に付与するギフトよりも、強力らしい。


 とてもいいアビリティみたいだ。

 教官の冒険者や冒険書組合の人たちは、将来の優秀な冒険者としてレイチェルにとても大きな期待を抱いていると風の噂で聞いた。


「次はティエの番だよ!」


 レイチェルは僕に向かって期待するようにそう言った。

 ティエとは、僕の名前だ。

 父親が東方の出身なので、この辺りだと少し響きが珍しい。


「う、うん。そうだね」


 僕は動揺しながら頷くも、レイチェルの言葉が深く突き刺さる。

 僕にはアビリティに目覚める兆候がない。

 不安になっていた。

 セウの徒弟制度を利用した冒険者見習いは約半年ほどの期間で、アビリティかギフトに目覚めるという。もちろん人によってばらつきがあるので、一年ほどかかる人もいれば、一月もかからずに目覚める人だっている。


 だけど、僕はこの徒弟制度を利用してから九か月がたつというのに、目覚める様子はなかった。

 このままもしかしてアビリティを持っていない、という落ちこぼれになってしまうんじゃないか、っていう嫌な想像を思い浮かべてしまう。


 そんな風に多いながら、僕は夜も満足に眠れない日々を送っていた。

 今日の寝床も迷宮の中だ。

 木製のあばら家で、薄い布団に丸まって他の冒険者見習いと一緒に眠るのだ。


 この中にもうレイチェルはいない。

 アビリティに目覚めたのでずっと迷宮にいる必要がなくなり、地上に戻ったのだ。きっとアビリティについて教官と試行錯誤をした後に、冒険者見習いは卒業になるんだ。


 そしてパーティーを探す。既にあるどこかのパーティーに入るのかもしれないし、新しく作るのかも知れない。

 彼女に続かないと。


 そんな事を考えていると、体は疲れているのに頭は冴えたままなので、僕は皆が寝ている場所を抜け出した。

 あばら家の下に隠した重たい木の棒を手にとって向かったのは、誰もいない訓練場である。


 青白く光る月の下で僕は木の棒を両手で振り上げて、力を込めて振り下ろした。

 僕は息を荒らげながら何度も木の棒を振るう。

 他の皆の目を拭って木の棒を振るうのは、僕の覚えが悪いからだ。こうやって頑張らないと皆と同じ土俵に立てない。木刀を用いた模擬試合では同期にいつも負けているのだ。レイチェルにだって一度も勝ったことがない。


 この訓練は皆に追いつくためにずっと続けていた。

 この努力が、自分の夢の道に繋がるように、と。

決して無駄にはならないと信じながら。


 そして――僕にも“その日”が訪れた。

 この日も皆に黙って夜中の秘密の訓練をしようと訓練場でがむしゃらに木刀を振っていた時だ。

 体の全身に熱が回って激しい痛みに襲われたけど、遂に僕にもアビリティを得る日が来るのだと思うと耐えられるものだった。


 暫くの間土の上で唸っていると、体の熱が循環して落ちついてきた。

 僕は荒々しく呼吸をしながら体を落ち着かせる。

 アビリティの事はすぐに分かった。

 まるで元々知っていたことのように頭の中にアビリティの名前が浮かび、能力も浮かび上がるのだ。


――『空の剣(アーカーシャ・カタール)』


 能力は剣を自由に操れることだ。

 やった!

 戦闘系のアビリティに目覚める事ができた。

 これでモンスターを狩るのもずっと楽になる。


 明日アビリティに目覚めた事を教官に報告して、レイチェルとも喜びを分かち合おう。

 この日は僕にとっては、アビリティに目覚めた最高の日だと思った。


 今日、この時、までは。

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