まさに千夜一夜物語だ……
「ありがとうございました」
那智がマンションの前で頭を下げると、遥人は、
「待ってて送っていってもいいんだぞ」
と言ってくる。
「いえ、そんなことしたら、大変なことになるじゃないですか」
ありがとうございました、ともう一度頭を下げたが、遥人はマンションを見上げていて、すぐには行かない。
「お前、家族と暮らしてるんだったか?」
およそ、若い娘が一人で住むようなマンションではないからだろう。
「ああ、今は一人です」
と自分でもその茶系でまとめられた大きなマンションを振り返りながら、那智は言った。
「随分いいところに住んでるんだな」
「両親共に働いてましたから」
ふうん、と遥人は言う。
「父は警察官だったんです。
だから、身許は確かですよ」
そう那智は笑ってみせた。
「まあ、二人が残してくれた財産はこれだけなんですけどね」
そうか、と言う遥人に、
「では、また後で。
失礼します」
と那智は頭を下げた。
あんな高級マンションに一人暮らしなのか。
バックミラーに映った那智のマンションをちらと見ながら遥人は思った。
家族はもういない風だったが、そのわりに影がないな。
昨夜、那智が話してくれた話はひとつだけだった。
何故、ベルマーク委員長になったのか。
だが、そうそうに寝てしまったから、結局、オチを聞きそびれていた。
まさしく、千夜一夜物語だ。
話が佳境に入ると、シェヘラザードは、
「じゃあ、続きは、また明日」
と言ったらしいのだが。
いや、俺なら、そんなこと言いやがった時点で斬り殺すが。
残虐なはずの王なのに、結構心が広かったんだな、と遥人は思う。
まあ、シェヘラザードは脅したら話すような女でもなかったのだろうから。
続きが聞きたければ静かにまた夜が来るのを待つしかなかったのだろう。
自分の代金が一万円では安いと那智は言った。
いや、待て。
シェヘラザードは夜伽を終えたあとに語っていたはずだが、お前は、なんにもなしに一万円だぞ。
その辺の芸人が話すのより高いじゃないか、と思ったのだが、案の定、那智はコンビニの袋にお釣りを入れていた。
無理矢理受け取れと言っても受け取らないんだろうな、と遥人は溜息をつく。
っていうか、ゴミと一緒に入れるな、ゴミと。
お釣りはおむすびのビニールなどと一緒に袋に突っ込んで入れてあった。
雑な女だな……。
俺がひょいとこのまま捨てたら、どうするつもりだったんだ、と思いながらも、少し笑えた。
那智のお陰で、普段より早く職場に着いたが、よく眠れたので、いつもよりすっきりしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます