亡国の姫君は異世界召喚で国士無双 ― 剣も魔法も使えない大将軍・韓信 ―
神谷モロ
第1話 股くぐり
地下に作られた古い共同墓地。
そこは、かつて亡国となった王家に纏わる死者が安らかに眠る場所。
故に人はめったに訪れない。
しかし、今そこには黒いフードを被った少女が一人。
フードを外したその姿は、美しいブロンドの髪をなびかせていた。
そして、瓶にためておいた家畜の血で魔方陣を描く。
「ふう、ここまでは順調。練習通り。
気合を入れないと……」
パシンと両頬を叩く。そして深呼吸ののち、ゆっくりと呪文を唱えた。
「……回れ、回れ、回れ、星々の環よ。
古き虚空の火よ、世界の縁を照らせ。
戦乱を鎮める刃、命運を導く者、いまだ名を告げぬ英雄の魂よ。
……来たれ。
混沌を断ち切る切り札たる者よ。
我が名はイレイナ・エフタル。我が意に応え、いま、この世界へ!」
魔方陣は光る。
漏れ出る光は、夜の墓地を昼間のようにまばゆく照らした。
「成功した?
うふふ、お父様、お母さま。私に最後のチャンスをください。
きっと、祖国を立て直して見せますから!
どうか私にふさわしい救国の勇者を授けてください!」
究極召喚魔法。
王家に代々伝わる秘術。
回数は唯一度きりだが、時空を超えて、その術者の適性に合わせた最強の英雄を召喚できるという。
亡き父王いわく、その力は絶大。だが自身の魂の形に共鳴したものが呼び出されるので、
王族という身分に奢らず、
また魔法使いとしても闇に飲まれず、常に清く正しく学べと、言われたものだ。
最初は、この父親はそれ以外に言うことはないのだろうかと、幼いながらに不満があった。
もっとも、それは父親としても王としても正しいと、今なら思える。
「そう、だから私はここにいるの。
たった一人で生きていけるだけの実力は得たのよ!
さあ、来たれ……?」
自分を中心に輝いていた魔方陣から光が消えた。
しかし、どこを見回しても何もない。
失敗した。
まさか、魔力が足りなかったのだろうか。
一生に一度だけ使える究極召喚。
チャンスは一回。
だから魔力が最も充実する年齢になるまで待ったというのに。
何を間違えたのか。
魔力が足りない、そんなはずはない。
もしそうなら、召喚の儀式自体が発動しない。
では、手順を間違えたのか。
それも違う。父の残した究極召喚の本は何度も読み返した。
……だが、魔方陣の中心に自分が立っているのは間違いだったのか。
召喚されるべき英雄のいる中心に自身が立っては、呼び出されても自分が邪魔になるのでは……と、不安になるイレイナ。
「うそ……間違えたの? そんな間抜けな話ってないわ……」
あまりの絶望感にイレイナは足の力が抜け、その場に腰を下ろそうとした瞬間。
股下に、なにか違和感を感じた。
馬?
イレイナは幼いころに乗ったポニーの感触を思い出した。
まだ自分が王女だったころの、幸せだった頃の思い出だ。
そして、その懐かしい感触に身をゆだね、全体重を乗せた。
その瞬間。
「もご……もごもご……お許しください」
「ひっ!」
イレイナは、誰もいないはずの地下墓地に男性の声が聞こえたことに驚いた。
「もごもご、股の下をくぐったら許してくれるといったはずです。
それなのに、こんな布で私を追おうとは。人さらいなら勘弁してください。
私はこんなことで剣を抜きたくないのです」
声の主が布をどかそうと手を動かす。
「え、なんで、いつの間に……動かないで!
なんでそんなところにいるのよ!」
「え、女の声? おかしいですね。しかし、確かに、あるはずのモノが……ない?」
「ひんっ! こ、この……変態っ!
どこ触ってんのよ!」
パシンッ!
…………。
……。
突然スカートの中に現れた来訪者。
「こほん。で、あなたは、なんで私のスカートの中に現れたわけ?
弁明を聞きたいわね」
「スカート? いいえ、私は股くぐりをしていたのです。
しかし、どうやら私は殺されたようですね。
ここが冥界という所ですか? まさか実在したとは思いませんでした。
死後の世界など、
さしずめ、あなたが天女様というやつですか?
すいません、私は死後の世界については興味がなかったので、
どうしたらよいか分からないのです。説明をお願いできますか?」
目の前の男は、悪びれるどころか周囲を見回し、地下墓地である現在位置を冥界と理解したようだった。
男の容姿は、黒髪を後ろで束ね、荒い植物の布を身にまとっている。
布は胸元で重ねられ、一本の帯紐で腰に留められていた。
剣は持っているものの、全体的に飾り気のない質素な格好に、彼の身分は低いことが伺える。
だが、どうだろう。
彼の発する言葉はどこか知的で、ただ者ではない雰囲気がある。
それに高身長で、異国情緒はあるものの、よく見ると整った顔立ちといえる。
実際、イレイナの好みのタイプである。
「……まあ、いいわ。スカートの件は忘れましょう。
で、あなたのお名前は?
あ、失礼。まずは自己紹介をしなきゃ。
えっと、私の名前はイレイナ。
あなたのいう天女でも冥界でもありません。
まあ、天女ってのはまんざらでもないけど……。
ちなみに、あなたは死んではいません。
私が、この世界に召喚したのですから……」
「召喚? ……うーむ、何が何なのか訳が分かりませんね。
まあ、それはおいおい聞くとして、私は生きているということですね。
そして天女でないなら、その黄金の髪色……なるほど、西方の異国人でしょうか。
ここは
実は彼女は
男は腕を組み、明後日の方向を見ながら独り言を続ける。
こちらのことなど何も気にしていない様子であった。
「あの、言葉は召喚の儀式の際に、互いに通じるようになっています。
ですので、私はエフタル王国の言葉を喋っていますけど、あなたには母国語に聞こえるのです。
ちなみに、ここはあなたのいた世界ではありません。
ごめんなさい、勝手に呼び出してしまったのは謝罪します。
あなたには元の世界での人生があったはずなのに……」
ここで、男は独り言をやめるとイレイナに振り向く。
「……なるほど。つまり、ここは異国よりも外側ということですね。
まあ、いいでしょう。理解できないことが多いですが、自分の置かれている状況くらいは理解できました。
しかし、言葉が理解できるのはよかった。
イレイナと言いましたね。すいませんが、あなたのお話を聞く前に、食事を用意してほしいのですが……。
実は、ここ数日、ろくに食べていないのです」
「あ、はい、それはいいですけど……あなたのお名前をお聞きしてもいいかしら」
「ああ、そうでした。名は
「韓信さん。よろしく、私はイレイナ。食事中で構わないから教えてください。元の世界ではどのようなご活躍をされていたのか。
お仕事の話とか……」
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