第28話 失踪した仲間を救うための配信

 扉を越えた瞬間、全身が光の奔流に包まれた。

 一瞬、何もかもが吹き飛ぶような感覚に襲われ、次の瞬間、俺は見覚えのない街の上空に立っていた。

 足元はガラスのような透明な道。眼下では人々が動き回り、大型スクリーンにニュース映像が映されている。


 「……ここは?」


 視界の片隅、巨大な電子広告に俺――篠宮レンの顔が映っていた。

 《異世界再構築者、神域への再接続》

 《英雄か、それとも再来する脅威か?》


 見出しの連続がまぶしい。世界は変わったのではなく、「変わり続けている」。

 Rewriteの影響が完全には消えていなかった。


 通信端末が振動する。咲良の声が届く。

 「レン! どこに行ったの? 病院のベッドが空っぽで……! 心拍反応が消えたの!」

「……落ち着け。俺は大丈夫だ。ただ、どうやらRewriteが勝手に“次の世界”を見せてくれてるみたいだ」

 「次の世界?」

 「人間がRewriteを学び、“使う側”になった未来……そんな感じだ」


 数歩歩いただけで、周囲に視線が集まっていくのが分かる。

 街の人々も、機械も、空の監視カメラすら俺を観測している。

 そしてその視線がRewriteを刺激し、空中に光の粒子が舞い上がった。


 ――この世界でも、Rewriteは信仰であり、商品であり、力なのだ。


 「咲良、そっちはどうだ? みんな無事なのか?」

 「レイナがいないの。三日前に連絡が途絶えて……冴希はあちこちで探してるけど、手がかりがないの」

 「レイナが……?」


 鼓動が早くなる。

 あの戦いのあと、彼女は常に俺の隣にいた――はずだった。

 どこかでRewriteの異常を感じ、単独で調査に出たのかもしれない。

 「位置情報、送ってくれ。必ず見つける」


 通話を切ると、Rewriteの反応が手のひらに灯り、光の糸が進む方向を示した。

 腕時計のように浮かぶホログラムが一方向を指している。

 そこには古びた高層タワーが見えた。


 街を抜け、タワーのエントランスに足を踏み入れる。

 内部は静まり返っていた。

 半壊したフロア、割れた窓、そして床に散らばる無数のデータ端末。

 その一つに、彼女の名前が刻まれている。

 《BLACK BOX:REINA SYSTEM》


 嫌な予感が走る。

 電源を入れると、スクリーンが点き、映像データが再生された。

 画面の中にはレイナがいた。

 拘束され、淡い光に包まれている。


 「ここにいる誰か……見てるなら、急いで。Rewriteが私の中に……違う、これは……誰かが私を上書きしてる!」


 ノイズ。

 映像の背後に、女の声が混じっていた。

 聞き慣れた、あの声――オルガの声だ。


 『こんにちは、レン。あなたのRewriteは素晴らしい。でも、不確定要素が多すぎる。

 だから今度は、彼女――黒崎レイナを“調整”して、完全なRewrite体を作ることにした』


 「やめろ、オルガ……レイナを巻き込むな!」

 『それを止めたければ、世界を見せて。どれだけの人間があなたのRewriteを信じるのか。

 あなたの存在が“救い”であると証明できたら、彼女を戻してあげる。』


 スクリーンが消え、床に光の紋様が形成された。

 Rewrite中継システムのように見えるが、明らかに異質だ。

 オルガが組み上げた新しい観測試験――“神域配信”。


 世界中のネットワークを繋ぎ、俺ひとりの映像を全ての端末に配信する回路。

オルガはこれを仕掛けたのだ。


 「勝手にやりやがって……」


 吹き出した汗を拭き、俺は息を呑んだ。

 咲良へ連絡を入れる。

 「レン! 何が起きてるの?」

 「オルガの仕業だ。レイナが囚われてる。世界全体を使った“配信試験”を始めやがった」

 「配信……試験?」

 「オルガは今度、“視聴率”で俺を試すつもりだ。どれだけ俺という存在が“観測者――神”として求められてるか。それで世界の命運を決める気だ」

 「そんな……!」


 携帯端末の画面が突然真っ白に変わった。

 街中の電光掲示板も同じく白光に覆われ、次々と文字が浮かび上がる。


 《LIVE STARTING…》

 《観測対象:篠宮レン》

 《条件:視聴指数が臨界を超えなければ、対象の生命体【R】(黒崎レイナ)は削除されます》


 叫び声が上がる。

 世界中のネットワークがこの映像に接続しているのだ。

 無数の視線が、俺だけに注がれる。

 体の奥のRewriteが震えた。


 「……冗談じゃない」


 だが、分かっていた。これは戦いでも破壊でもない。

 人々に“視られること”そのものがRewriteの力を安定させる。

 ならば――勝つ方法はひとつ。


 「Rewrite――全世界回線開放」


 足元の光が波紋になって街中へ広がる。

 視聴者の意識をすべてネットワークに重ね、自分の想いを直接届けるための“拡張配信”。

 黒い空が金色に輝き、街の上に巨大なホログラムが浮かび上がった。


 《篠宮レン・LIVE配信、接続開始》


 「よお、みんな。久しぶりだな。

 また、妙な形で再会することになった。

 だけど、今回は戦うためじゃない。誰かを救うためだ。」


 コメントが溢れる。

 【聞こえる!】【本物!?】【世界を救った人だ!】【またRewriteかよ】

笑う声、疑う声、祈る声。全部が流れ込んでくる。

 その“見つめる意志”がRewriteに変換され、俺の光が強くなっていく。


 「オルガ、これが求めた証明だろ!」

 『いいえ、まだよ。あなたは人々に“物語”を見せた。しかし、彼らの観測が永遠に続くとは限らない。

 誰もがあなたを信じ続ける保証は……ない』


 オルガが言葉を終えた瞬間、世界のスクリーンが真っ赤に染まる。

 誰かが情報を上書きしている。

 次のコメントが流れた。

 【レンは偽者だ】【Rewriteは詐欺】【あの英雄は危険すぎる】


 「っ……フェイクニュース拡散か!」

 「レン! このままだと指数が下がる!」と冴希。

 視聴指数が急降下し始めた。光が弱まる。


 そのとき、咲良の声が全国回線に乗った。

 「お願い、皆さん! 彼を信じて! レンはまだ――どんな闇よりも人を信じてる!」


 コメントが再び動く。

 【彼女だ!】【本物の桐咲咲良が話してる!】【信じよう!】【もう一度Rewriteを!】


 青い光が戻る。

 光は再び膨張し、オルガのシステム回線を反転させた。

 街の上に浮かぶレイナの拘束映像が振動を始め、霧のように解けていく。

 『ありえない……人間の情動が、私の演算を凌駕した?』

 「そうだ。Rewriteは“人が見たい未来”だ。お前の計算じゃ測れない!」


 瞬間、眩しい閃光。

 空中にレイナの姿が現れ、自由に転送される。

 膝をついた彼女を抱きとめる。

 「バカ……無茶しすぎよ……」

 「いつものことだろ」


 配信画面に、コメントの最後の一行が浮かんだ。

 【視聴指数:臨界突破】【削除対象R、救済完了】


 辺りの光がゆっくりと消えていく。

 再び静寂が訪れ、咲良と冴希の泣き笑いの声が通信越しに響く。

 「やっぱりあなたしかいないわね、レン」

 「……いや、みんながいたからだ」


 だが空を見上げた瞬間、俺は気づいた。

 完全に消えたはずのオルガの光、その断片が残っている。

 あれは――開きかけたままの扉。神域の先、“Rewriteの最下層”だ。


 まだ救うべき誰かがいる。

 終わりは、まだ遠い。


 俺は再びRewriteを光らせ、空を見上げた。

 「――次は、この扉の向こうだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る