第17話 軍事組織に狙われたストリーマー

 配信の翌朝、街は静まり返っていた。

 夜通し光を放っていた巨大スクリーンは真っ黒に沈黙し、人々はまるで嵐の後のように放心している。

 黒崎レイナとの共演は世界的な記録を打ち立てた。視聴数は二十四時間で十八億アクセス、Rewriteに関する検索ワードは人類史上最も読まれた言葉になった。


 その影響はあまりに強すぎて、社会のバランスを壊してしまった。

 異能を信じる者と否定する者。

 宗教団体、投機家、政府、テロ集団――誰もがRewriteの力を奪おうと動き始めた。

 そしてその中心に立つ俺は、世界でもっとも危険な存在として、同時にもっとも価値ある資産になった。


 窓際で朝焼けを見ていると、冴希がラボコートのまま部屋に入ってきた。

 「状況が変わったわ」

 「どっちに変わった?」

 「悪いほう。あなたの存在が“世界の兵器リスト”に登録された」

 「兵器リストだと?」

 「国際防衛評議会が新設したの。Rewriteは“物理も情報も越える究極の干渉体”。つまり国家規模の脅威として認定された」


 その言葉がやけに遠く聞こえた。

 「つまり各国が、俺を――」

 「確保、もしくは排除」

 冴希が淡々と続けた。

 「そして今動いているのが、最大の異能特務軍アークセクター。通称“消去部隊”。政府も彼らに手出しできない」


 俺は拳を握った。

 戦いはもう配信の域を超えている。Rewriteを“誰が支配するか”の争奪戦に変わったのだ。


 「冴希、正直に言え。俺は逃げた方がいいか」

 「逃げ道なんてない。Rewriteの波動はすべて観測されてる。あなたの存在は世界規模で追跡可能。

 でも……守る方法はひとつだけある」

 「方法?」

 「世間の目を、Rewriteから他へ逸らすのよ」


 俺は息を呑んだ。

 「……また、配信か」

 「そう。Rewriteの処理残響を利用して、あなた自身の“別人格”を生み出す。それが囮になる」

 「幻影を世界中で動かすってことか。できるのか?」

 「できる。理論上はね。ただし問題が一つ。あなたの記憶の一部を奪う必要がある」

 「記憶を?」

 「Rewriteはあなたの意識と直結してる。完全分化したコピーを生み出すなら、“過去”の一部を切り離さなきゃならない」

 「……代償は大きすぎるな」


 沈黙。

 窓から差し込む光が彼女の髪を照らし、その金色が一瞬だけ翳った。

 「他に方法はない。あなたがRewriteを持つ限り、世界は止まらない。……どうする?」

 俺は少しの間考えてから、静かに頷いた。

 「わかった。けど、その前に一つ確認したいことがある」

 「なに?」

 「咲良は今どこにいる?」

 冴希の表情が一瞬だけ曇る。

 「……軍が先に動いた。彼女、保護の名目で連行されたわ」

 「何だって……?」

 「安心して。まだ無事よ。彼女を研究対象にしてRewriteへの“心理的鍵”を探そうとしてる。あなたに近いから」


 胸の奥が灼けるように熱くなった。

 「軍が咲良を使って俺を操るつもりか」

 冴希は短く頷いた。

 「アークセクターの指揮官は、“灰羽ジェイス”って男。能力は『対象記憶同期』。触れた相手の心を共有できる。

 彼が咲良に接触すれば、Rewriteの動力中枢を直接覗かれる」

 「つまり、俺の心が読まれる……か」


 言葉より早く、Rewriteが反応した。

 部屋の照明が弾け、電子機器が一斉に停止する。

 「レン、落ち着いて!」

 「もう誰にも奪わせない!」

 無意識に口から出たその言葉に、光が呼応した。


 ――Rewrite、再起動。


 気づけば俺の体はラボの外に立っていた。

 足元の床が波打ち、無人の都市が遠くまで見渡せる。

 電源が落ち、すべてのモニターが黒い鏡のように世界を映している。

 Rewriteは完全に自動発動している。


 「いや、違う……止めろ、戻れ!」

 叫んでも反応しない。

 その時、頭の中で別の声が囁いた。


 ――やっと戻れたよ、レン。


 男の声。聞き覚えのある音。

 「……風間、か?」

 影が形をとり、光の中から彼が現れた。

 かつてRewriteの負の側面を象徴した存在。風間亮。

 「お前、消えたはずじゃ……!」

 「消えた? 違う。お前のRewriteが俺を“保管”したんだ。だから今、軍が俺を使ってる」

 「軍が、お前を……?」

 「そうさ。俺はRewriteの“感情パターン”そのもの。アークセクターは俺を学習AIとして運用してる。

 人間を越えたRewriteの制御プログラム――いわば、“Rewrite兵器”だ」


 空が唸り、上空に黒い輸送機が現れた。

 そこから降り立つ数十人の兵士。

 全員が銀色の義肢をつけており、瞳の奥にRewrite波を宿している。

 「……こいつらもRewriteを移植されたのか」

 風間が笑う。

 「Rewriteはもう人の手にある。遅かったな、レン」


 機体の上部に立つ長身の男が叫ぶ。

 銀灰色の軍服。鋭い双眸。

 「篠宮レン、貴様を確保する!」

 灰羽ジェイス。

 その声と同時に、兵士たちの瞳が一斉に赤く光った。


 「記憶同期、開始」


 突風のような波動が押し寄せ、俺の意識が一瞬で格納される。

 記憶が飲み込まれる錯覚。

 思考をReadされる前に、咄嗟にRewriteを起動。


 「Rewrite、防衛層展開!」


 街の景色が反転し、熱風が吹き抜ける。

 建物が空中に浮かび、兵士たちが引きずり上げられる。


 「……これが、あいつらの望んだ世界か」


 Rewriteの光が止まらない。

 兵士の一人が崩れ、義肢が地面で火花を散らした。

 だがジェイスだけは平然としている。

 歩み出し、俺を見上げる。

 「理解した。お前のRewriteは“心の記録”を持つ。ならばそこを奪えばいい」

 奴の手が咲良の姿を映し出す。

 「やめろ!!」

 「見ろ、彼女の心の底にはまだ“お前”がいる。Rewriteに必要なのは二つの鍵だ――願いと代償。

 お前が生きる限り、彼女は願い続ける」


 その声に、Rewriteの奥で脈動が強まる。

 胸が裂かれるような痛み。

 「ジェイス……お前、それ以上触れるな!」

 「できるものなら止めてみろ」


 瞬間、空気が切り裂かれた。

 光の刃が空を走り、ジェイスの頬を掠めた。

 その影から現れたのは黒崎レイナだった。

 軍服を模した新しいコスチュームに、Rewrite制御ブレスレットが光っている。

 「遅れて悪い。お前だけに戦わせるわけないだろ」

 俺は思わず笑ってしまった。

 「女神登場、ってか」

 「上等。今度はステージ関係なし、本当の戦いよ」


 ジェイスが低く笑う。

 「なるほど。これが“信じる力”か。だが人の感情など脆い」

 レイナが拳を構える。

 「壊すなら好きにしろ。でもこっちもタダじゃやられない」


 次の瞬間、三者のRewriteが同時に起動した。

 空間が裂け、光の世界が重なる。

 現実の構造が反転し、都市の上空が無数の線で満たされていく。

 ジェイスは笑い、俺たちは拳を突き出した。


 ――RewriteとRewriteが激突する音が、世界の骨を軋ませた。


 その戦いが何を生むのか、誰にも分からない。

 ただ確かなのは、俺が再び選択の中心に戻ってしまったこと。

 Rewriteはまだ、終わっていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る