第18話:始動
魔導工学科の屋内実験場から、工房へと戻る道すがら。
俺の足取りは、行きとは比べものにならないほど軽かった。
実験は成功だ。あの鉄板の凹み具合。
間違いなく、実戦で通用する威力だった。
「……すごかったな」
俺は興奮冷めやらぬまま呟いた。
隣を歩くエレオノーラも、以前のような苦悶の表情は消え、スッキリとした顔をしている。
だが、彼女は浮かれることなく、冷静に次のことを考えていたようだった。
「ねえ、カイル」
「ん?」
「いきなり難しいダンジョンに挑むのはリスクが高いわ」
彼女は歩きながら、淡々と言った。
「今度の週末、学園が休みの日に『初心者向けダンジョン』へ行きましょう。そこであなたとの連携を確認したいの」
初心者向けか。
学園の近くにある「迷いの森」や「地下水路」あたりのことだろう。
EランクからDランク程度の魔物しか出ない場所だ。
「初心者向け?君ならもっと上のランクでも行けるんじゃないか?俺の銃の威力も試したいし」
「いいえ。今の私は、魔力を抜いてからの調子を確かめないと」
彼女は自分の両手を軽く握ったり開いたりして確認している。
「ずっと重い鎧を着ていたのを、急に脱いだようなものだから。この状態での身体操作と、魔力供給のタイミングを掴んでおきたいのよ」
「なるほど、リハビリと調整ってわけか。……確かに、いきなり本番で事故ったら笑えないな」
俺も頷いた。
俺の方も、誰かと共闘するのは初めてだ。
「分かった。じゃあ週末は『地下水路』あたりで慣らし運転といこう」
工房に戻ると、ミナがすでに作業台に向かっていた。
彼女は俺たちの顔を見るなり、ジト目で睨みつけてきた。
「おかえり。実験成功おめでとう。……で、話がまとまったところ悪いんだけど」
ミナは手元の魔導計算機(電卓のような魔道具)をパチパチと叩き、その画面を俺に突きつけた。
「カイル、大事なこと忘れてない?」
「ん? 何かあったか?」
「材料費よ、材料費!あと開発費!」
バン!とミナが机を叩く。
「真鍮のインゴット、封魔石、回路を刻むための触媒!今回の試作で私の貯金もスッカラカンなのよ!週末にダンジョン行くなら弾の量産が必要でしょ?金がなきゃ作れないわよ!」
「あ……」
俺の顔から、サーッと血の気が引いた。
完全に忘れていた。
そうだ。この世界、何をするにも金がかかるのだ。
特にミナが作るような精密な魔道具は、素材もタダじゃない。
俺は恐る恐る自分の財布を確認する。
……軽い。
先日の「ピースメーカー」の修理費と、日々の食費で、中身は極寒の冬景色だ。
「わ、悪い……今は持ち合わせが……」
「はぁ!? あんたねえ!」
「だ、だから、週末のダンジョンで稼いでからじゃダメか?出世払いで……」
「ダメに決まってんでしょ!素材屋は掛け売りなんてしてくれないの!明日には材料を仕入れないと間に合わないんだから!」
詰んだ。
カイル資金難により計画頓挫。
俺が頭を抱えそうになった、その時だった。
「……いくら必要なの?」
呆れたような声と共に、横から手が伸びてきた。
エレオノーラだ。
彼女は優雅な手つきで、ミナが提示した金額――俺にとっては一年分の生活費に匹敵する額――を確認し、表情一つ変えずに小切手にサインをした。
「はい。これで足りるかしら」
「えっ」
「うわっ、太っ腹!余裕で足りるわ!さすが公爵家!」
ミナが小切手をひったくるように受け取り、ホクホク顔になる。
俺は目を丸くしてエレオノーラを見た。
「い、いいのか?これ、俺の武器の弾代だぞ?」
「勘違いしないで。これは私の治療費みたいなものよ。それに先行投資でもあるしね」
エレオノーラは涼しい顔で言った。
「高名な治癒術師に払う額に比べれば、安いものだわ。それに、あなたが万全の状態でないと、私の護衛は務まらないでしょう?」
「……」
俺は深々と頭を下げた。
「……助かる。マジで助かる」
持つべきものは、金払いの良いパトロンだ。
平民の俺は、権力と財力のありがたみを噛みしめた。
資金問題も解決し、俺たちは解散することになった。
帰り支度を整え、俺がホルスターに銃を収めようとした時だ。
「カイル」
エレオノーラが俺の腰元に視線を留めた。
「その銃の持ち手……ずいぶんボロボロね」
彼女の指摘に、俺は苦笑した。
「ああ……土の中に埋まってたからな。木が腐ってて、布を巻いて誤魔化してるんだ。握るとちょっとグラつくんだよな」
数百年ものの劣化はどうしようもない。
「それじゃあ、狙いがブレるんじゃない?……私が良く依頼する職人に、新しいグリップを作らせましょう」
「えっ?」
「実家に、最高級の木材があるはずよ。あなたの手の形に合わせて削り出させるわ」
俺は目を瞬かせた。
職人のオーダーメイド?
しかも最高級素材?
今の俺の銃には過ぎた代物だ。
「い、いいのか?そこまでしてもらうのは流石に……」
「言ったでしょう、先行投資だって。一流の道具は使い手を助けるものよ」
彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「それに、私の魔力で撃ち出す銃が、そんなみすぼらしい布巻きじゃ格好がつかないもの」
「……違いない」
俺は自分の武器をそこまで気にかけてくれたことが嬉しく、素直に受けることにした。
「……ありがとう。正直、困ってたんだ。恩に着る」
「ええ。良い働きを期待しているわ」
「はいはい!話が終わったなら解散解散!」
ミナが大きなあくびをして、手をシッシッと振った。
「資金も入ったことだし、私はこれから徹夜で弾の量産をしなきゃいけないの!あんたたちがいると気が散るから、さっさと帰って!」
「……扱いが雑だな」
「職人の工房なんてそんなものよ。ほら、行った行った!」
俺たちはミナに背中を押されるようにして、工房を追い出された。
外に出ると、すっかり夜になっていた。
冷たい夜風が心地よい。
「では、週末に会いましょう」
「ああ。準備万端にしていくよ」
エレオノーラは優雅に一礼すると、歩いていった。
俺はその背中を見送り、大きく伸びをした。
---------------------------------------------------------------
読んでくださりありがとうございます!
ランキング上位を目指して更新頑張ります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます