第9話:青い炎
学園の本校舎一階にある教員室。
そこは、生徒たちにとっては説教部屋であり、同時にダンジョン実習の受付所でもある。
重厚なオーク材の扉を開けると、古い羊皮紙とインク、そして珈琲の香りが混じった独特の空気が漂っていた。
「……失礼します」
俺は誰にも聞こえないような小声で呟き、受付カウンターへと歩み寄った。
全身泥だらけ。制服の袖は破れ、両の手のひらは包帯でグルグル巻きにされている。
白い布には、内側から滲み出した赤黒い血がこびりついていた。
傍から見れば、ダンジョンでボコボコにされて逃げ帰ってきたように見えるだろう。
だが、俺は懐から取り出した「それ」を、ゴロリとカウンターの上に置いた。
「Gランク、カイル。実技試験の成果報告です」
ドスン、と重い音が響いた。
拳大の大きさを持つ、赤黒く輝く結晶体。
変異種オークの魔石だ。
その瞬間、教員室の空気が凍りついた。
書類仕事をしていた教師たちが手を止め、眼鏡の位置を直し、あるいは目をしばたたかせて、カウンターの上の物体を凝視する。
「……おい、あれは」
「オークの魔石か?いや、この色は……変異種?」
「馬鹿な。あいつはGランクのカイルだぞ?魔法一つ使えない落ちこぼれが、どうやって?」
ざわざわと広がる私語。
そこに含まれているのは、称賛ではない。
あからさまな「疑惑」と「侮蔑」だ。
「おい貴様。正直に言え」
カウンターの奥から、生活指導を担当する厳格な教官が歩み出てきた。
彼は俺をギロリと睨みつけ、侮蔑を隠そうともせずに言い放った。
「どこの死体からくすねてきた?あるいは、市場で買ったか?」
予想通りの反応だ。
俺は心の中で小さく溜息をついた。
怒りなんて湧いてこない。
「まあ、そうなるよな」という諦めがあるだけだ。
魔力ゼロのGランクが、Bランク相当の化け物を単独撃破しました。
はいそうですか、と信じる方がどうかしている。
(疑うのは勝手だけど、早くしてくれよ……)
今の俺は、議論をする気力すら残っていない。
全身の筋肉が悲鳴を上げているし、何より、ピースメーカーの銃撃の反動で、手のひらの皮がめくれ、ジンジンと脈打つように痛む。
早く寮に帰って、ベッドに倒れ込みたい。
「……拾ったのでも、買ったのでもありません。俺が倒しました」
「嘘をつくなッ!」
教官がバンッと机を叩く。
「魔法も使えん貴様に、変異種の皮膚が貫けるわけがない!不正は即刻退学処分だぞ!」
ヒートアップする教官。
だが、その騒ぎを聞きつけて、奥からもう一人、初老の教師が現れた。
学年主任のグレイブ先生だ。
彼は無言のままカウンターに近づくと、まず魔石を手に取り、次に俺の全身をじっくりと観察した。
泥にまみれた衣服。
ところどころに付着した、魔物の返り血。
そして、何より――俺から漂う微かな「硝煙の匂い」と、血の滲む手のひら。
「……ふむ」
グレイブ先生は、魔石を魔力測定器にかざした。
針が振り切れ、鮮烈な光が放たれる。
「魔石の反応は『極めて新鮮』だ。討伐されてから一時間も経過していない。市場で買ったものなら、魔力の揮発がもっと進んでいるはずだ」
「で、ですが先生! 死体から盗んだ可能性が……!」
「盗品漁りをしたにしては、本人の消耗が激しすぎると思わんか?」
グレイブ先生は俺の手を指差した。
「その怪我。何かを強く握りしめたまま、強烈な衝撃を受け止めた跡に見える。皮がめくれ、肉が裂けている。それに、この泥汚れ……這いつくばって逃げ回り、泥沼の中で戦った者の汚れ方だ」
鋭い。
伊達に長年教師をやっていないらしい。
グレイブ先生は教官の方を向き、静かに告げた。
「実技試験の目的は『成果を持ち帰ること』だ。過程はどうあれ、彼は本物の変異種魔石を持ち帰った。それを否定する材料が我々にない以上、認めるほかあるまい」
「くっ……」
教官は忌々しげに舌打ちをすると、書類に乱暴に判子を押し付けた。
「……合格だ。」
「ありがとうございます」
俺は事務的に頭を下げ、投げ渡された皮袋を受け取った。
ずしりとした重み。
中には、変異種討伐の特別報奨金として、金貨が数枚入っているはずだ。
学生にとっては大金だ。
来月の食費どころか、しばらく遊んで暮らせる額。
(……と言いたいところだが、全部『開発費』で消えるだろうな、これ)
俺は皮袋を懐にねじ込むと、逃げるように教員室を後にした。
その日の夕方。
少し仮眠を取って体力を回復させた俺は、城下町の市場へと繰り出していた。
懐には報奨金の金貨。
目的はただ一つ。枯渇した「弾薬」の補充だ。
まずは釣具屋へ向かう。
「重り」として売られている鉛の玉を、袋いっぱいに購入した。
弾頭の素材はこれでいい。加工もしやすいし、コストも安い。
問題は、それを飛ばすためのものだ。
俺は薬屋、錬金素材屋、さらには怪しげな裏路地の露店まで回った。
「……ない」
路地裏の木箱に腰掛け、俺は頭を抱えた。
「マジでないのかよ、硝石……」
黒色火薬の原料は、木炭、硫黄、そして硝石だ。
木炭は燃料屋で買える。硫黄も薬屋にある。
だが、一番重要な「硝石」だけが、どこにも売っていない。
どうやらこの世界では、硝石という物質そのものが一般的に認知されておらず、肥料や発火剤としての用途も広まっていないようだった。
店主に聞いても「なんだいそれは?」と首を傾げられるだけだ。
「詰んだ……」
乾いた笑いが漏れる。
火薬が作れない。つまり、俺のピースメーカーは、ただの鉄の塊に逆戻りだ。
空薬莢はある。弾頭もある。
だが、推進剤がない。
「とことんついてないな、俺は」
とぼとぼと大通りを歩いていると、ふと鼻先を焦げ臭い匂いが掠めた。
顔を上げると、目の前に「燃料屋」の露店があった。
薪や木炭に混じって、籠の中に無造作に放り込まれた、くすんだ赤色の石ころ。
「へい、毎度!カマドの焚き付けに『クズ魔石』はいかがかね!安いよ!」
店主が客寄せの声を上げながら、その石ころの一つを実演用のカマドに放り込んだ。
――ボシュッ!
小さな破裂音と共に、カマドの中で一瞬、赤い炎が膨れ上がった。
薪に火が移る。
「……あ?」
俺は足を止めた。
今の音。今の膨張。
あれは、「爆発」じゃないか?
俺は露店に近づき、籠の中の石を手に取った。
「クズ魔石」。
不純物が多く、魔道具の動力源としては使えない物。
魔術師は見向きもしないが、庶民が火種として使う物だ。
俺の脳内が高速で思考を始めた。
(待てよ……。火薬の原理ってのは、要するに『固体の急激なガス化と体積膨張』だ)
筒の中で爆発を起こし、その圧力で弾を押し出す。それが銃だ。
俺はずっと「火薬」という化学物質に固執していた。
だが、この世界には「魔法」がある。
魔石は、魔力を溜め込んだ電池のようなものだ。
(もし、このクズ魔石を粉々にして表面積を増やし、閉鎖空間――つまり薬莢の中で、衝撃を与えて『爆発』させたら?)
それは化学的な燃焼ではない。
だが、結果として「狭い筒の中で圧力を生む」なら、銃弾を飛ばす推進力になり得るんじゃないか?
背筋に電流が走ったような感覚。
科学が通用しないなら、この世界のルール(魔法)を利用すればいい。
「火薬がないなら……魔法で飛ばせばいいのか!」
俺は店主に金貨を一枚叩きつけた。
「おっちゃん!ここにあるクズ魔石、全部くれ!」
深夜。
俺は再び、学園の東棟にある「第3魔道具実習室」にいた。
誰もいない、埃っぽい加工エリア。
ここが俺の工房だ。
作業台の上には、山積みのクズ魔石。
そして、乳鉢、精密秤、万力といった実験器具が並んでいる。
「さて……やるか」
俺は深呼吸をして、作業に取り掛かった。
まずは、買ってきたクズ魔石を乳鉢に入れる。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
硬い。
石をすり潰す感触が、腕に響く。
魔法使いなら、魔力操作で分解したりするのだろう。
だが俺にはそんな芸当はできない。
ひたすら乳鉢を使って粉砕する。
荒い粒から、砂へ。
そして小麦粉のような微細なパウダー状になるまで、根気強くすり潰していく。
地味だ。
果てしなく地味な作業だ。
だが、気は抜けない。
(これ、もし摩擦熱で暴発したら、俺の顔面吹き飛ぶよな……?)
魔力が不安定なクズ魔石だ。いつ反応するか分からない。
くしゃみ一つで部屋ごと爆死するかもしれないというリアルな恐怖と戦いながら、俺は慎重に、しかし大胆に石を挽き続けた。
一時間後。
皿の上には、きらきらと怪しく光る赤色の粉末――「魔石パウダー」が出来上がっていた。
「よし、まずはテストだ」
いきなり銃弾にするのはリスクが高すぎる。
まずはちゃんと燃えるか、いや、爆発するかを確認しなければならない。
俺は実習室の換気口付近に移動した。
陶器の皿の上に、少量の「魔石パウダー」を盛る。
「……頼むぞ」
俺はマッチを擦り、火をつけたままパウダーへと投げ込んだ。
瞬間。
――カッ!!
音はしなかった。
黒色火薬のような「ボッ」という鈍い音ではなく、もっと鋭い、光が弾けるような現象。
青白い閃光が走り、パウダーは瞬時に燃え尽きていた。
「……は?」
俺は目を丸くした。
燃焼速度が、速い。
黒色火薬よりも圧倒的に反応が速い。
これは、威力が上がるかもしれない。
そして、もっと重要な発見があった。
俺は鼻をひくつかせた。
「……臭くない」
あの、黒色火薬特有の、腐った卵のような硫黄の悪臭がしない。
立ち上る煙も、モクモクとした白煙ではなく、薄く青みがかった蒸気のようなものがわずかに出るだけだ。
匂いは……乾いたオゾンような匂いが微かに残る程度。
これなら、森の中で多少撃っても、ただの「魔法の痕跡」と区別がつかない。
「マジかよ……」
歓喜がこみ上げてくる。
最大の懸念事項だった「硝煙の匂いによる特定」。
エレオノーラに「嫌な匂い」と断じられたあの弱点が、この新開発の弾薬によって完全に克服されたのだ。
「いける。これならいけるぞ」
俺は作業台に戻り、弾薬の組み立てに入った。
空の薬莢を用意する。
次は、起爆装置だ。
本来の銃弾には、ハンマーの衝撃で発火する雷管が必要だ。
もちろん、そんな精密部品は売っていない。
だが、代用品ならある。
俺は、冒険者道具の店で買っておいた「雷火石(らいかせき)」の欠片を取り出した。
これは強い衝撃を与えると、パチリと火花を散らす性質を持つ特殊な鉱石だ。
普段は火起こしに使われるこの石だが、俺にとっては最高の「雷管」代わりになる。
これを薬莢の底部にある窪みに詰める。
ハンマーがここを叩けば、衝撃で火花が散り、直上の魔石パウダーに引火して爆発を引き起こすはずだ。
最後は弾頭。
アルコールランプで鍋を熱し、釣具屋で買った鉛を溶かす。
ドロドロに溶けた銀色の液体を、石膏で作った自作の型に流し込む。
冷えて固まったら取り出し、ヤスリでバリを削って整形する。
45口径、約11.5ミリの鉛弾。
既製品のような美しさはない。少しいびつで、表面もざらついている。
だが、俺が自分の手で作った、世界に一つだけの弾丸だ。
「俺が、魔石を使って武器を作る……。」
俺は黒く汚れた指先を見つめ、自嘲気味に笑った。
優雅に杖を振るうエリートたちとは違う。
泥臭く職人のように手を汚し、自分の装備を整えていく。
それが、俺の戦い方だ。
名付けて『45口径・魔石弾』。
窓の外が白み始めた頃。
俺は寮の自室に戻っていた。
机の上には、真鍮の薬莢に鈍色の鉛が詰まった、6発の「魔石弾」が並んでいる。
見た目は以前の弾と同じだ。
だが、中身は別物。
この世界で俺しか知らない、未知のテクノロジーが詰まっている。
どっと疲れが出た。
指先は炭と鉛で真っ黒だし、目は充血してショボショボする。
だが、胸の奥から湧き上がるのは、確かな達成感だった。
ゲームでSSR武器をガチャで引いた時の興奮とは違う。
自分の手で、ない知恵を絞って、素材を集めて、武器を作り上げた喜び。
クラフト系のゲームで、最強装備を完成させた瞬間のあの感覚に近い。
「よし……」
この弾があれば、変異種ともまた戦える。
いや、前よりも強く戦えるはずだ。
俺はピースメーカーのシリンダーに、完成したばかりの魔石弾を1発だけ装填した。
カチリ、とゲートを閉じる。
「威力は……また森で試すか。今度はもっと奥地で、誰にも見つからない場所でな」
机に愛銃を置き、俺はベッドに倒れ込んだ。
意識が急速に遠のいていく。
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