第八章|新しい場所

面接は、思っていたよりも淡々と終わった。

介護施設の事務所は古く、壁に貼られた予定表の文字は少し色あせていた。


「忙しいですよ」


面接官はそれだけ言った。

それが条件であるかのように。


みどりはうなずいた。

忙しいほうがいい。考えなくて済むから。


採用の連絡は早かった。

前の会社を辞めてから、ほとんど間を置かずに新しい職場が決まった。


制服に袖を通すと、少しだけ現実感が戻る。

名前を呼ばれ、簡単な説明を受け、現場に出た。


利用者の名前を覚えること。

時間を守ること。

転ばせないこと。


一つひとつが具体的で、余計な感情が入り込む隙はなかった。


「じゃあ、今日はこのメンバーで回ります」


そう言われて紹介された顔の中に、初めて見る若い男性がいた。


「雄二です」


短く名乗り、軽く頭を下げる。

それ以上でも以下でもない。


車に乗り込み、エンジンがかかる。

窓の外を流れていく景色を見ながら、みどりは深く息を吐いた。


ここでは、誰も過去を知らない。

説明する必要も、弁解する必要もない。


それだけで、十分だった

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