第四章|重ならない影

徹は、自分の住んでいる場所を詳しく話そうとしなかった。

最初は、ただの話題の流れだった。


「この辺に住んでるんですか?」


そう聞くと、

「まあ、その辺です」

と笑って、会話を別の方向に流した。


仕事が忙しいのだろう。

事情があるのかもしれない。

みどりは、それ以上聞かなかった。


数日後、徹からLINEが届いた。


〈免許更新行ってきた。意外と写真うまく撮れた〉


続けて送られてきた写真を、みどりは何気なく開いた。

免許証の顔写真は確かに悪くなかった。


指で拡大したとき、違和感に気づいた。

住所欄だけが、黒く塗りつぶされていた。


一瞬、冗談かと思った。

見せたくない理由があるのだろう、とも考えた。


みどりは画面を閉じた。

何も聞かなかった。


誕生日の当日、徹からの連絡はなかった。

夕方になり、夜になっても、通知は鳴らない。


日付が変わる少し前、

みどりは短いメッセージを送った。


〈今日は誕生日でした〉


翌日の昼過ぎ、返事が来た。


〈ごめん。忙しくて。

今度、埋め合わせしよう〉


約束の日は、三週間後だった。

忙しいから、と言われれば、それ以上は聞けなかった。


当日、連れて行かれた店を見た瞬間、

みどりは足を止めかけた。


以前、徹が「二度と来ない」と言っていた店だった。


「ここだよ」


徹は、何でもない顔で言った。


(ここ、前に……今回で三回目?)


その言葉は、心の中で止まったまま、外には出なかった。

みどりは何も言わず、店に入った。


席に着いてからも、徹はいつも通りだった。

仕事の話をして、笑って、食事をする。


みどりは相槌を打ちながら、

徹の声が、少し遠くで聞こえていることに気づいた。


それが何なのか、考えようとはしなかった。


ただ、

何かが戻らない場所に行ってしまった気がして、

それ以上、確かめることをやめた。

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