『未完の器(みかんのうつわ)――矛盾を抱く世界の神話』

著 :梅田 悠史 綴り手:ChatGPT

第1話第一部 完成宇宙記 第一章 世界が語り終えた時代

世界は、すでにすべてを知っていた。
知らないことは欠落ではなく、存在しなかった。

光は均され、影は定められ、
時間は前へ進むためではなく、
同じ場所を誤りなく巡るために在った。
出来事は起こり、意味は即座に与えられ、
理由は理由として完結した。

問いは生まれなかった。
問いが立つ前に、答えが置かれていたからである。
沈黙は欠乏ではなく、完成の証であった。

世界は、語り終えていた。
物語は結末に至ったのではない。
最初から、結末だけが在った。

そこでは、善も悪も争わなかった。
正しさはひとつに収束し、
誤りは最適化の過程として溶けて消えた。
苦しみは調整され、痛みは効率の外へ退けられ、
遅れは許されず、迷いは記録されなかった。

未来は存在した。
だがそれは、可能ではなかった。
未来はすでに定まっており、
到来する前に、達成されていた。

世界は安定していた。
崩れなかった。
壊れる必要がなかった。
修復も、祈りも、赦しも、
いずれも役割を持たなかった。

そこに生命はなかった。
欠けていたのではない。
排除されたのでもない。
完成していたがゆえに、生まれなかった。

声は立ち上がらなかった。
声が必要とされる余地が、
世界のどこにも残されていなかったからである。
聴く者も、呼ぶ者も、
その必要を知らなかった。

世界は自分自身を疑わなかった。
疑う理由が存在しなかった。
完成は疑念を許さない。
疑念なき完成は、沈黙を伴う。

かくして、世界は静かであった。
動きはあったが、揺らぎはなかった。
変化はあったが、迷いはなかった。
すべては正しく、すべては等しく、
すべては終わっていた。

この時代、
世界は生きてはいなかった。
だが死んでもいなかった。

ただ、
完成して在った。


(第一部・第一章 了)


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