第九話 少し元気出た

 ポックルは耳を垂らし、鼻を前足で押さえた。



『余、ここ嫌いじゃ。向こうに戻ろうぞ』

「馬鹿野郎。この人たちの心のケアも、勇者である俺の務めだ。行くぞ」

『えぇ~……何があっても知らんぞ』



 無視を決め込むつもりなのか、頭の上で丸まり、身じろぎしないポックル。

 とか言って、ペンダントの中には戻らないんだな。


 ポックルの髭を指で弾くと、一番近くにいた女性の近くに膝をつき、できるだけ優しく声を掛けた。



「こんにちは。何か手伝えることはあるか?」

「…………」



 ある一点を見つめて、俺の声に微塵も反応しない。


 見ると、大事そうにクマのぬいぐるみと、子供の描いたような絵を抱きかかえていた。

 ところどころ焦げと泥にまみれている。これは……。


 この人の境遇を察してしまい、心が締め付けられる。

 どうして、何の罪もない人たちが、こんなに苦しまなきゃならないんだ。



「……ご飯は食べたか? 何か食べたいものはある?」

「…………」



 無言で、小さく首を横に振る。

 そう、だよな。こんな状況じゃ、気力も湧かないか。



「……そうか。俺は勇者ライゼル。また何かあったら、遠慮なく言ってくれ」



 立ち上がり、女性に背を向けた、その時。彼女が、ぼそぼそと何かを呟いた。






「……どう、して……間に合って、くれなかった……の……?」






「――――」



 唇を噛み締め、拳を握る。

 何も言えない。俺には、その資格がない。何を言っても言い訳になる。


 震える体を落ち着かせ、振り返る。

 生気がなく、空っぽの彼女に、深く頭を下げた。



「ごめん。……ごめんなさい」

「っ……ミオ……あなた……」



 涙を流す女性に背を向けて、歩き出す。


 今、こうしている間にも、世界中で悲しんでいる人は大勢いる。

 いや、この都市でさえ、救え切れていない人たちばかりだ。

 やっぱり駄目だ。休んでなんていられない。

 みんなが安心して、笑って過ごせる世界のため、俺は動き続けなきゃならない。

 だって俺は……勇者だから。


 地区の一人一人に声を掛けていく。

 無視され、泣かれ、罵倒され、石を投げられながらも、漏れがないよう慎重に、丁寧に。

 それでも……誰一人、心を動かすことはできなかった。


 夜が更け、みんながそれぞれの部屋へ入っていく。

 住民がみんないなくなり、ゴーストタウンのように静まり返った。

 風の不気味な音だけが聞こえ、前髪を激しく揺らす。

 一人、通りに立ち尽くし、夜空を見上げた。



「……クソ」



 思わず悪態をついてしまった。

 真の勇者だったら……こんな時、どうしているんだろう。

 今の俺みたいに、諦めず話しかけるのかな。もっと別のいい手を考えるのかな。

 ……それとも、そもそも絶大な力で、悲しむ人を誰も出さないのかな。


 本物の勇者じゃない俺の言葉に重みはない。元気付けることもできない。実績も何もない俺は……空っぽだ――

 ふに。



「っ……ポックル……?」



 急に、両頬を柔らかいもので挟まれた。

 見上げると、ジト目で俺を見下ろし、肉球で頬をふにふにしてくるポックルがいた。



「な、なんだよ」

『ふんっ。貴様の陰険なオーラで、余の高貴なるオーラが穢れるじゃろう。余と貴様は、契約で結ばれているのを忘れるな。もっと底抜けのポジティブでいろ、馬鹿者。余の力が弱まるじゃろう』



 ふにふに、ふにふに。

 わ、わかった。わかったから、それやめろ。


 なんとかポックルの肉球を離し、そっと息を吐く。

 ……こいつなりの気遣いなんだよな。なんだかんだ、優しいんだよ。



「……ありがとうな」

『何のことじゃ』

「俺がへこんでいたから、元気付けるためにやってくれたんだろ? お陰で、少し元気出た。だから……ありがとう」

『……ふん、余は知らん。勝手に言っていろ。もう寝る。起こすなよ』



 明らかに照れている口調で、ペンダントの中に帰っていった。

 やれやれ、素直じゃないなぁ、大精霊様は。



(俺はまだまだ、真の勇者には遠く及ばない。なら、及ばないなりに地道に努力していくしかないよな。へこたれてる暇はないぞ、俺。)



 屋根の上に跳び上がり、自宅まで走っていく。

 満天の星空と満月は、今日もレディアを照らしていた。


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