第五話 おぉ、麗しの女神

   ◆◆◆



『国境なき騎士団』



 特定の国に属さず、誰にも縛られず、自由に活動することができ、世界の裏に潜む組織を根絶やしにするために存在する、超級特務機関。


 任務であればどんな国にも入り込み、どこの組織でも必ず潰す。

 相手が地位のある人間だろうと関係ない。【悪行滅殺】が、騎士団の行動理念だ。


 村を滅ぼされた俺は、偶然近くにいた騎士団長とリビアに助けられ、保護された。だから無事に、今もこうして生きている。


 母親代わりの団長カノンには頭が上がらず、脚を向けて寝られない程の恩があるんだ。

 まあ……リビアにも感謝してるけど、こいつ根が畜生だからな。



「おい。今私に対して失礼なこと考えたわね」

「考えてません」



 リビアから目を逸らし、誤魔化す。……誤魔化せてないけど。


 カノンのためなら、どんな危険な任務もこなす。死地に行けというなら、喜んで身を捧げよう。

 性格に若干の難があるが、それを抜きにしても素晴らしい人だ。


 ……いや、若干じゃないな。だいぶ難があるか。



「ライゼル、今度は団長に対して失礼なこと考えてるわね」

「……俺の心音から思考を読むの、やめてくれません?」

「単純に、わかりやすいだけよ」



 昔から思ってたけど、俺のプライバシーはどこにあるんだ。


 リビアの特殊能力に改めてドン引きしつつ、国境と国境の間の山岳地帯を進んで行く。

 山賊殲滅から、早二週間。俺たちは人一人が歩くのもやっとな程の、狭い崖の道を歩いていた。


 ここが一番近くて、最短で総本部へ続く道だから仕方ないけど、もう少しまともな隠し場所はなかったのか。

 途中足を止め、リビアが崖下を覗き込み、俺も一緒に下を見る。少し先に崖の真横から巨大な木が生えていた。



「お先にどうぞ」

「怖いなら、そう言え」



 先に俺が飛び降り、足場の確認。

 リビアに合図を送ると、少し怖がりながらも飛び降りてきたリビアを支えた。



「ふぅ……」

「正規のルートから行けばいいのに」

「そんなことしたら、二ヶ月くらい掛かるでしょう。嫌よ、面倒くさい」



 確かに。正規ルートはいろいろな手続きや連絡が必要だから、かなり時間が掛かる。

 手順も複雑だし、俺たちみたいな面倒くさがりはこういう『隠しルート』で行くのが普通だ。


 けどこのルートはかなり危険で、リビアが一人で行けるとは思えない。

 やれやれ、また利用されたか。


 そっと嘆息し、樹木に刻まれている紋章へ触れる。

 途端に周囲が緑色の光に覆われ、ガコンッと重い音が響くと、小さい扉が開き、木の内部へ続く階段が現れた。


 リビアがランタンを手に、先に入る。俺も後から入り、扉をしっかりと締めてから階段を進んでいく。

 だがそれもすぐ終わり、少し広い空間に出た。

 ここから先に進める道はない。けど、ここで合っている。


 並んで中央に立ち、リビアが地面にレイピアを突き立てた。

 直後、レイピアから白い光が注がれ、床一面に幾何学模様が浮かび上がる。

 一瞬だけ浮遊感を覚え、次の瞬間視界が暗転。

 だが突然世界が明るくなり、強風が吹いてマントを強く弄んだ。


 いつの間にか薄暗い樹木の中ではなく、広大な大空の下、噴水と水路が張り巡らされた広場に変わっていた。

 噴水近くで遊ぶ子供たち。

 ベンチに座り、井戸端会議に興じる老人。

 俺たちと似たような鎧やマントを纏っている男女が、行き来している。



「お? やあライゼル、リビア。お帰り」

「ハァイ、ライゼル。リビアちゃん」



 すれ違う人たちに挨拶され、手を挙げて返す。


 ここが、『国境なき騎士団』の総本部――空中都市・レディアだ。


 中央に向かい階段や坂道が多くなる。まるで巨大な山のように、円錐状の形をしていた。

 見上げると、四角い板が空を飛んでいる。その上には、ここに住む住人や騎士が立って移動していた。

 あれは移動床ウイングポート。パネルの上に乗るだけで、指定した階層へ飛んで行ける、便利なものだ。

 あれがないと、この都市で生活はできない。余りにも急勾配で、生活するには大変なんだ。


 リビアと一緒に近くのパネルに乗ると、縁が緑色に光り、町の中心にある巨大な塔に向かって飛翔した。


 後ろを振り返り、空中都市全体を見渡す。

 前後左右についている、巨大なプロペラが回っている。

 都市の更に下には雲が見え、下界が一切見えない。


 そう。空中都市の名の通り、この都市は地上から遥か上空を飛んでいる。

 一応都市の下にもプロペラはあるが、飛んでいる原理は解明されていない。

 文献によれば、およそ千年前には、既に存在は確認されていたらしい。


 不思議な場所だが、俺たち『国境なき騎士団』は、悪党から恐れられ、常に狙われている。

 だから人の目の届かない上空にあるここは、便利で安全な場所なんだ。


 移動床ウイングボードが、中央塔の入り口前で止まった。

 人工物と樹木が折り重なるように建っていて、俺たちは神殿と呼んでいるが、今は騎士団の指令本部として使っている。


 これを見るだけで、歴史を感じる。

 千年以上も前に、こんな荘厳なものを作ったなんて……当時の技術力は凄まじいな。



「ライゼル、どうかした? 行くわよ」



 情緒も感慨深さもないリビアは、さっさと中へ入っていく。

 長期の遠征を終えて、せっかく我帰ってきたんだ。もう少し浸らせてくれてもいいだろう。


 彼女を追って、俺も神殿へ入る。

 中は意外とシンプルな構造で、下から最上階まで貫く螺旋階段がある。

 途中階はない上に、移動床ウイングボードすらない。

 毎回、ここを上がっていくのは気が滅入るが、仕方ない。


 隠す気もないため息を漏らすと、リビアがあっと声を漏らした。なんだ?



「ライゼル、そこ危ないわ」

「ん?」



 リビアに腕を引かれて下がる。

 直後、何かが最上階から落下し、俺のいた場所に深いクレーターを作った。

 あっぶねぇ、死ぬところだったぞ。


 立ち込めた土煙を、落ちてきた本人が払う。

 男の俺から見ても、顔立ちが整っている男。圧倒的自信に満ちた表情。藍色を基調にした布に、黄色と赤色の刺繍が入ったペリースを纏っているのは……騎士団員の一人、ウルトだった。



「げっ」



 思わず顔をしかめてしまった。

 よりにもよってこいつかよ……苦手なんだよな。


 俺のこと気にしていないのか、ウルトが真っ直ぐリビアの前に足を進めると、流れるように跪き、彼女の手を取った。



「おぉ、麗しの女神。ここで出会えたのは、なんたる偶然。なんたる運命でしょう。任務、お疲れ様でした」



 顔を引きつらせ、愛想笑いを浮かべて手を引っ込めるリビア。

 こいつ、見てくれはいいくせにめちゃくちゃ気障で、リビアにゾッコンなんだ。その上……。



「おいウルト。まずは俺に謝罪だろ。危なかったぞ、今」

「む? ……貴様、何故ここにいる」



 リビアが好きすぎて、その他(俺)が全く眼中に入っていない。

 毎回イラつくが、ここでキレ散らかしてもしょうがない。


 ……いや、やっぱりイラつくな。一発殴らせてほしい。できれば両頬を。


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