第29話 その湯煙に紛れるもの
共同浴場の女湯、浴室にて奇妙な四人組が居た。
「それにしても、アメリアちゃんはアーテナイのこと驚いてなかったけど、顔見知りだったりするの?」
一人はナデシコ、新しい石けんの泡立てに苦戦していたが、力ずくで成功させた。
「うん!たまに協会にきてくれるの」
アリシア、時間のかかる洗髪は母親に任せているが、身体は自分で洗っている。
「見回りってやつさ。ま、為政者のたしなみってやつさね」
アーテナイ、腹筋で石けんを削って、ナデシコをドン引きさせた。
「いつもご苦労さまです。アーテナイ様」
シャーロット、使い慣れた石けんで素早く髪と身体を洗う、自分の身体を洗う時間よりアリシアを洗う時間が長い。
「しょるいしごとの日は協会に来るにかぎる、だって」
「話変わってきたわね」
「……アーテナイ様?」
「…さて、せっかくだ、デカい風呂に浸かるかね」
「ま、シェーヌには黙っててあげる。私も行くわ」
「わたしも~」
「はいはい、アリシアは髪を洗ってからね?」
「はーい」
そこでナデシコとアーテナイ、アリシアとシャーロットに別れる。
「ふー、ここの湯は打ち身に効くねぇ」
「そうねぇ…」
ヤマトなら難しい理屈をこねて、水風呂に浸かってそうだわ。などとナデシコが考えていると。
「ハハッ、あの男の事を考えてるね?」
「……どうして分かるのよ」
「アタシ達は十分殴り合った仲だろう?なら、一晩語り合ったも同じさね」
「なによ、その理屈」
「伝わるものがあるのさ、拳から、眼から、歩みからね。特にアンタらは素直だったから、よく分かったよ」
「…まあ、納得してあげる。というか、聞きたかったんだけど、ヤマトの方に攻撃が多くなかった?」
「ん?そりゃ、そうだろ。ヤマトの方が強かったからね。アンタも強い方に攻撃を当てたくなるだろ?」
「……意外だわ。アイツの強さって、私と並んだ時に舐められがちだから」
「そりゃ、見る目ないね。アンタらの昨日までは知らないけど、『今日』はヤマトの方が強いよ。いや、 『今日』のナデシコ、アンタが昨日より弱い」
「………意味が分からないわ、『今日』が初対面でしょ?私たち」
ナデシコは、眼を反らす。立ち上る湯気のように、その瞳は揺らめく。
「アンタらの拳には、確かに楽しみ、高揚があった。そして、小さな迷いも。それはいい、喧嘩相手に少しの躊躇いや、迷いのない拳を振るうヤツは、まだ運良く殺しをしてないだけのクズさ。…だが、ナデシコ、アンタの拳の奥の奥、自分で飲み込んだつもりかも知れないけどね、『後ろめたさ』そんなのがあったよ」
「………………」
「それを抱えるヤツもいる。抱えきって、耐えきるヤツもね。でも、アンタはまだ若すぎる。それに、アンタも気付いているだろ、ナデシコ?」
「…………」
「ヤマトの拳はアンタへの気持ちが詰まってたよ。アタシが少しだけ気圧された位さ。あそこまで思うヤツはそう居ない。なにかあるならアイツに話して、解決出来なきゃアタシに『願い』な。……アンタらはその権利を勝ち取ってる」
「…のぼせたみたい。先に上がるわ。石けんにタオル、改めてありがとう、アーテナイ。感謝するわ」
ナデシコは、そう言い残して浴場を後にした。その表情は揺れめく湯気で見えない。
「全く……お節介だったかねぇ…」
「あれー?おねーちゃんは?」
「おう、アリシア。ナデシコはちょいと早めに上がるみだいだ。アタシとゆっくり浸かろうじゃないか」
「うん、いいよ」
「この子、ホントに大物だわ」
「いや、アンタには負けるだろ、シャーロットさん」
「敬称は止めてください……お願いですから…」
奇妙な三人組の入浴はしばらく続いた。
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「やはり風呂はいいものだった……」
あの後、カレブさんから逃げるように大浴場へ向かった。打撲の事で遠慮するつもりだったが、近くまで行くと入浴の誘惑に抗いがたく、10分ほど浸かっていた。
夜の街を眺めるのも悪くないか、などと思い一足先にあがることにした。一応、カレブさんには声を掛けた。
その時のカレブさんは整っていた。サウナが趣味の人、サウナー、異世界にも居たのか。
「おお、これは……」
夜の街には街灯が付いていた。電気の明かりとも、キャンプでみたガスのランプとも違う。もしかして、と思い、少し注意深く見ることにする。魔力だ、魔力の光は火の明かりと電灯のブレなさを併せ持っている。点々と付く街の明かり、それに照らされる石作の町並み、スマホがないのが悔やまれる。絵心があれば、絵に残しただろう。一人、うんうん、と頷いていると。
「…なにやってのよ。ヤマト」
「いや、町並みを見ててな。見ろ、あの街灯、多分魔力で灯ってるぞ」
「そうね。……すっかり夜ね…」
ナデシコの元気がない気がした。そのことを尋ねようとしたが、ナデシコから手を取られる。
「ちょっと付き合って、お願い…」
「……ああ、いいぞ」
手を握り返した、そのまま手を引かれる。行きの6人の時は実に騒がしい道中だった。茜色の中での喧噪は、先ほどまであったのに、今は夜の暗さと静寂だけがある。
手の平の熱だけが、俺たちを繋いでいた。
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