貧乏庭師の小娘が冷徹王子に溺愛される理由 〜ちなみにここは現代日本です!〜
小桃 もこ
第1話
ほんとうにただの偶然だった。
たまたま日直で。
たまたま五時間目、体育館でバスケで。
たまたまひとりで昼休みに体育倉庫の鍵を開けて、バスケットボールの積まれたキャスター付きのカゴを引いたんだ。
そしたら。
「……ひっ! え。え?」
後ろ手に縛られた生徒会長がそこにいた。
「よく見つけたな」
鼻にかかる低めの声。さらさらの髪は艶やか。肌は色白。学園の王子様と呼ばれるその人。
「え、あの……え? なにされてるんですか?」
「見ての通りなにもできない状況だが。強いて言うなら、拉致監禁、か」
なにを淡々と? 唖然としつつもさすがに物騒すぎて顔が引き攣る。いやあの。尊敬語と受動形の『されて』をなんかうまいこと使ったのかもしれませんけど感心してる場合でもないですしね?
「なんでそんなことに?」
「さあ」
微笑んで肩を竦める。そんなプリンスな仕草はいいんですってば。
とにかくほどいてあげなくちゃ、とバスケットボールをいったん外に出してから生徒会長のもたれる跳び箱のところに近づいた。
「うわ。すっごいガッチリ縛られてますね」
「ああ。そうなんだ」
え。本当にガッチガチで手、もはや紫色になってますね!? しかも縄ってこれ縄跳び。解きにくいっ!
「い……痛みますよね」
「かなり」
げ。なんか緊張してきた。
「と、解きますよ?」
「ああ」
幸い手先は器用なほうだ。おかげでなんとかハサミなしで縄を解くことができた。
「先輩、手これ大丈夫ですか? 感覚あります?」
なんだかかわいそうになってしまって無意識に手をやさしく揉みほぐすようにすると。
なぜかその手が震えてきたんですが。
「え。だ、大丈夫ですか?」
「…………」
「先輩?」
「……ん。だいじょ、ぶ」
……? なんだ? なんか様子がへんでは?
「先輩?」
「だ、大丈夫」
こほん、と咳払いをしてからふらりと揺れながら立ち上がった。
「あ……保健室行かれます? よかったら付き添いますけど」
「…………」
なにこの沈黙。そんな無表情でまっすぐ見下ろされても困りますが。行くのか、行かないのか、どっちなの?
よくわからないけどこのまま放ってもおけず付き添うことにした。頭上で授業開始を報せるチャイムが鳴る。あー。あとで説明すればいいや。
「あの。誰にこんなことされたんですか?」
小声で訊ねながら体育館へ出ると、当然ながら談笑するクラスメイトたちがいた。私の横にいるよれた制服姿の生徒会長を見てもれなく全員が目を丸くする。
「誰とは言えない」
「え?」
「……今日のことは忘れろ。誰にも言うな」
私は、ふうん。と目を細めた。
言いたくないならべつにいい。ボッチャンにもいろいろと事情があるんだろう。なにより私には関係ないことだ。
「いつからあそこに?」
「二時間目の休み時間だ」
「え、そんなに前から?」
「今日に限って体育館の使用がなかった」
「や、それにしたって行方不明って騒がれてないんですか?」
「たぶん犯人たちが適当に教師を誤魔化したんだろう」
ふむ、『犯人たち』つまり犯人は複数で生徒ってことね。
校舎に入ると先輩の足は保健室ではなく階段のほうへ向いた。
「え。クラスに戻られるんですか?」
「ああ。だから付き添いは必要ない。庭師に恩を作る気は無い」
冷淡に言うとひらりと手を挙げてひとり行ってしまった。
ふうん、と私はまた目を細める。
ていうか付き添わなくてよかったんなら最初からひとりで出て行けばよかったじゃんよ。なんなんだ
◇
約ひと月前────。
「
「……は?」
酔ってるの? と思ったけどお酒臭くはない。
「庭師だよ、に、わ、し。ちゃーんと勉強もしたしな! 木のこと、花のこと。なんでもござれだ」
「……うん、待って? そもそも今どき『庭師』なんて仕事はあるの? それって『造園業』とかって言うんじゃない?」
「いや、庭師だよ。そう言われた。お屋敷専属の『庭師』だ。だから、『造園業』とはちがう」
「……うん。だからさ。その『お屋敷』が、『造園業』の会社に依頼して、それで剪定とかやってもらうのが通例なんじゃないのって」
そのくらいの知識はあるよ。もう高校生なんだし。
「ハハ、ちがうよ六花。お屋敷のあるじさまに父さんが気に入れらたんだ。どうだ、すごいだろう」
いや、私が「パパすごーい!」なんて言うとでも思った? 何度も言うけど私もう高校生だよ。
「……うーん。えっと。『あるじさま』っていうのは?」
「聞いて驚け。天下の
だーっ! と言われても。……誰だろう。でも五徳寺? うーん、どこかで聞いたような気も?
「嬉しいな、六花。わくわくだな! なんたってその五徳寺さまのお屋敷に、来週から住めるんだから!」
「…………へ?」
「ん? だからな、来週から父さんと六花は」
「住む……?」
「そうだよ! そうさ! 夢のお屋敷暮らしだ!」
「……ちょ、高校は?」
「心配ない。余裕で通える所だ」
「そ、そうなんだ……や、でもさ」
「嬉しいな! 楽しみだな! おまえ調子こいてツボとか割るなよ? 掛け軸とか引っ張るなよ? あぁ、隠し扉とかあったりしてな! 父さん忍者に憧れたことがあったんだよ、『
実際にこのひと月後、仕事の初日に調子こいて大木の高枝から落ちて死にかけたのは、そう言って大笑いしていた父さん自身だったから全然笑えない。
そしてあっけなく追い出されるのかと思ったら「退院まで娘さんはそのまま離れの空き家を使うといい」なんて天下の五徳院さま(?)に言われてしまって父さんも「願ってもない幸せです!」と包帯だらけの禿げかけた頭を激しく下げるしで、土日に形だけ父の代わりに庭の草木の簡単な手入れをするという約束で私はひとりそこに住まわせてもらうことになった。
離れの空き家はこじんまりしたワンルームだけど小さい台所と小さい風呂トイレ付き。だから欠片もお屋敷暮しではないけどプライバシーの心配や不自由さも全くない。その上なんと家賃光熱費はタダ(厳密に言えば給与天引きらしい)。文句なしの暮らしだった。
◇
拝啓 お母さん
お母さんが家を出て、もうすぐ1年になります
ね。5月になったとたんに汗ばむほどの暑さ
ですが、私は元気にやっています。
さて、手紙を書いた理由は家の住所が変わった
からです。
お父さんがまたおかしな仕事を引き受けて、
今度はお屋敷の離れに住むことになりました。
市境のほうの五徳院さんという人の家です。
下に住所を書いておきます。
追伸
引き取りの申し出、ありがとう。
お母さんのことは変わらず大好きです。
でもお父さんをひとりにすることも
私にはできないので、もう少しこのままで
いさせてね。お母さんは新しいご家族と
幸せに暮らしてください。いつも心配して
くれてありがとう。
六花
◇
父さんの怪我云々についてはもう面倒だし死んだわけじゃないから端折った。
あ、そうそう。引越してきてから驚いたことがもうひとつあったんだ。
「ああ……五徳院、
正直なところ聞いてもピンと来ないし、顔も浮かばなかった。
「知ってるっしょ、生徒会長じゃん」
友人からこの言葉を聞くまでは。
なるほど、生徒会長。
それならパッと顔が浮かんだ。先日あった全校集会で壇上で喋っていた三年生の先輩だ。
彼のウワサは一年生の私でもこれまで何度か耳にしていた。
超お金持ちのイケメン。学園の王子様だ、と。
……まあ、だからってなにもない。
いくら同じ敷地に住もうと名家のご令息と貧乏庭師の娘という目に見えた身分差。そもそもお屋敷の敷地はバカ広いから顔を合わせることさえない。
それから生徒会長に関するウワサはもうひとつあったし。
──冷徹無慈悲
ま、何不自由なく育った人にありがち、なんて言ったら偏見かもしれないけど。こういう人には無闇に近づかないのが上手く生きていくコツだと思う。
それにしても今日は驚いた。
私としたことが、まさかその五徳院先輩とあんなにも近距離で関わってしまうなんて。
しかも。
──庭師に恩を作る気は無い。
こちらのことなんかひとつも知られていないと思っていたのに。先輩は私のことを完璧に知っているらしかった。
……なんかなー。
モヤる。こんなことなら気づかないふりして助けなければよかった。せめて近くの誰かを呼んで代わってもらえば関わらずに済んだのに。
ああ、考えるのやめよう。関わらないでおこう。初めからそう決めていたはずなんだ。
ひとりかぶりを振って下駄箱から外靴を取り出そうとしたところだった。
……イヤな予感がする。
目が自然と細くなった。
「……やっぱり」
カサリ、と靴の中から紙切れを取り出した。折りたたまれたそれを恐る恐るひらく。
【pm19:00 はなれに行く】
おい。せめて名乗ってください。平仮名ばっかで字が雑なのは手を負傷してるから? 生徒会長のイメージ的にはそうであってほしい。……でも19時は必ずピーエムですよ?
て い う か く る の ?
え、なんでだ?
この場合先輩は自宅の離れのことを『女子のひとり暮らし』とは絶対認識してない。そう、あの家は私の家である以前に『五徳院家の離れ』なんだ。
ああ、うん、落ち着こう。
とにかく帰って、掃除しないと。お茶とか出すべき? 王子といえば……紅茶? えー、そんな洒落たもんないよ。ティーカップどころかコップの余分すらある? もう父さんの湯のみでいいか。
というわけでピーエム19時。
先輩は時間キッカリに離れの戸を叩いてきた。さすがに無視はできず、私は「ようこそ」としぶしぶ出迎えたのだった。
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