唱歌あんころ餅

ハナビシトモエ

第1話 宇宙人

 あんころ餅を食べたいと思ったのはある夜のことでした。

 お母さんに宇宙人が来るから夜中にお菓子を食べるのはダメだと言われてしまい、私はあんころ餅が食べたくても我慢してしまいます。


 今日もあんころ餅を食べたいと泣いているとお母さんが怒って、私からあんころ餅を取り上げました。


「そんなに食べたいなら、あんころ餅と結婚すればいいのよ」

 あんころ餅は大好きだけど、お母さんの方が好きよ。だからお母さんにあんころ餅を食べないと約束しました。


「って、なんですか。これ」

「どう見てもホラーだっぺ」

 編集長は不清潔な男だ。毎年夏に発売する雑誌のコラムの仕事やオカルト雑誌の面を貸して貰って、稼いでいる編集部だ。僕は専属のコラムニストではない。常勤は雇えないところはさっぱりしていて、僕の仕事は時給五百円で交通費だけは支払われるお手伝いだ。

「こんなの子どもでもホラーって分かりませんよ」

「滋賀県の海岸に」

「琵琶湖は湖ですよ」

「三重の国際空港で」

「三重には空港はないです」

「茨城県に新しく新幹線の駅が」

「出来たらアクセスもアップですよ。僕にとっては編集長がホラーです」

「あんころ餅だよ。この親子の会話を見ろ。あんころ餅にヒントがあるはずだ」

「あんころ餅はあんころ餅ですよ。コラム無くなるとまずいでしょう」

「定期はこれだけだからな。大阪に行こう」

「なんでですか」

「俺はな、タコ焼きが食べたい」

 それくらいコンビニで買えるといって、先払い時給の二千円を握りしめた。

 どうせこのたこ焼きにはおっちゃんの魂がこもっていないって言うに決まっている。親戚が持てあまして、文章を書けるならと宛がわれたのが僕だった。悲しい人だ。コラムなんて金にならないと言われて、夢か家族かって言われてとった夢で定期のコラムと不定期の枠。自宅を改造したと言えば聞こえはいいが、自室でただパソコンを入力しているだけの大人だ。


「どうしてこんなにあんころ餅が気になるかな」

 あんころ餅を買って帰ってやろう。そうすれば、編集長も大人しく原稿を。

「あんころ餅、食べたいの」



「本当に心当たりないの?」

「それが全くないです」

 警察に何度も聞かれた出奔の可能性。所は遠縁にあたる。三十歳独身で恋人はいなかったらしい。親戚に文字を書けるなら誰でもいいと言って宛がわれたのが所だった。


 所は冷凍たこ焼きを買いに行かせたところ帰らないので様子を見に行くとコンビニの前に冷凍たこ焼きと身分証明書が落ちていた。警察の捜査によるとコンビニでは確かにレジには所がいた。それがいなくなった。あとで聞いたが、出奔前に店員にあんころ餅の場所を聞いたそうだ。


「あんころ餅はどこにありますか」

 台にあんころ餅は無くて、月餅しか無かった。


 所はあれから三年経っても姿を見せることは無かった。零細編集社は休業になり、仕事は失った。失っても家族も所も戻って来ない。諦めずに家族を優先していれば家族も所も無くなることは無かった。


 コンビニで大福を見る度に俺はあんころ餅を思い出すようになった。あんころ餅の話には宇宙人が出て来る。宇宙人はどうしてどうやって何をするかが書かれていなかった。何の為に宇宙人は出て来るのか。今さらどうにかしても仕方ない。宇宙人が出て来て、それが明日の給料日には関係のない話だ。何度も思い出す。最悪な日々では無かった。俺は所との会話が楽しかった。もう少し給料出してやれば良かった。


 携帯が鳴った。目覚ましにしては朝四時は早すぎる。

「はい」

「お久、田川ちゃん」

 俺をそう呼ぶのは昔世話になった雑誌の編集者さんだ。今は出世して編集長になっている。年賀状で時期に代表取締役になると適当なことを書いていた。

「お元気ですか」

「まぁまぁね。代表取締役だから」

「本当だったんですね」

「Y社のホームページ見てみな、のっているよ。俺の名前」

「後で調べます」

「あんころ餅、出たよ」

 三年前、諦めきれずにあんころ餅のことだけでも分かればいいと思って、色々な知り合いに資料を持っていないか頼み込んだ。俺が持っていたのは宇宙人が出て来たまでだった。何度見てもあんころ餅に対する期待や刺激は無かった。でも所はあんころ餅に興奮して、行方不明になった。俺では気づかない何かがあの文章にはあったのだ。

「池田さん、もう遅いですよ。所がいなくなって三年経ちました。いくら見つかっても所は戻りません」

「X山のふもとにA村という村がある。そこで研究活動をしている桜井という大学職員が見つけた。あんころ餅の二番を」

「二番って」

「俺も色々当たったんだが、田川ちゃんが持っていたのは一番だったらしい。元々は童謡で曲も見つかった」

 作曲と書かれているカセットテープと研究者の名刺を送った健闘を祈ると言って電話は切れた。一番初めに定期誌に掲載させてくれたツテだ。大切にしないといけない。


 カセットテープは三日後に届いた。カセットデッキを捨てずに良かった。メモには一番しか入っていないし、状態が悪い、というのと、研究者は俺の姪だから手を出すなよと書かれていた。


 あんころ餅食べたいな、あんころ餅ぺ、あんころ餅ぺ。

 お母さんとあんころ餅大好き。

 あんころ餅食べちゃうと空から宇宙人。

 お母さん好きぺ、大好きぺ、ぺ。


 宇宙人が謎だ。歌詞を調べてもなる音楽家はいない。桜井に連絡をしてみようかと思った。メールでいいだろう。こういう時は件名を入れて打ち込んだ。そう言えば所に件名をつけろとよく怒られた。汚いところで書くから返事が来ないって。部屋を少し片づけようか。今日もアルバイトが終わったら酒は止して部屋を整理しよう。


 アルバイトが終わって、朝まで酒を飲んだ。少し探って出てきたのは子どもが書いた似顔絵だった。鬼殺しをたらふく飲んで目が覚めたのは明け方の六時だった。頭が痛くて、トイレで何度も吐いた。出て来るのは胃液だけで何か食って飲めば良かったと思ったと同時に鬼殺しまた買わないとと思った。


 初めましてO大学の社会学部社会学科の教授をしております桜井蘭と申します。いつも叔父がお世話になっています。優秀な編集者様と伺っています。良ければ研究成果の一部をお見せしたいと思いますが古い資料で運搬に耐えうるか分かりません。可能ならA村に来ていただくことは可能でしょうか。


 そういう手紙が届いた。


 家を飛び出しそうになった。ジャケットと煙草とカードを持って駅まで行った。駅員にA村に行くダイヤを聞いた。親切な駅員でA村には一日一回だけたどり着ける手段があるが、朝の四時に出て、夕方に着く電車しかない。さらにクレジットカードが使えないので現金支払いだそうだ。給料はパチンコとカードで消えた。町金もどこも限度額いっぱいだ。どう考えても金が入るのは三週間後、前借りを頼んでみよう。


「えぇ、前借り? どうして」

「実は姪が結婚を」

「いつ」

「来週に」

 なんで今まで分からなかったのかと言う問いに何と答えたか覚えていない。ただ一生懸命だった。俺は善人でもいい人間でもないけど、少なくとも所はいいやつだった。姪とは思わずに所を助けに行く。それだけを考えて頭を下げて十万円に店長の御祝儀の二万円。


「いい結婚式になるといいね」

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