うつ病の僕が今を生きられる理由 ― 精神科作業療法士から当事者になって

のほほん村の尊重

第1話 うつ病になった。支援者から当事者へ。

うつ病になってから、

世の中にあふれている言葉が、ほとんど刺さらなくなった。


「前向きに考えよう」

「思考を変えれば現実が変わる」

「引き寄せの法則」

「自分を信じれば大丈夫」


そうしたスピリチュアルや自己啓発の言葉は、

むしろ自分を追い詰めるものに感じられた。


できないのは、

考え方が足りないからなのか。

回復しないのは、

努力が足りないからなのか。


そうやって、

病気の苦しさに「自己責任」という理由を上書きしてしまう

構造が、そこにはあった。



僕はもともと、

精神科で作業療法士として働いていた。


支援者として、

多くの当事者に

「焦らなくていい」

「今は休む時期だ」

と伝えてきた側の人間だった。


それなのに、

いざ自分がうつ病になると、

その言葉を自分に向けることがどうしてもできなかった。


頭では分かっている。

休む必要があることも、

回復には時間がかかることも。


それでも心のどこかで、

「本当は怠けているだけなんじゃないか」

という声が消えなかった。



そんな状態の僕にとって、

救いになったのは

スピリチュアルではなく、むしろ真逆の考え方だった。


哲学や、

脳科学や、

心理学の知見。


とくに、

人間の感情や選択は

遺伝や環境、脳の状態によって

大きく左右されているという

決定論的な世界観だった。


「人は、思っているほど自由ではない」


その事実は、

冷たい真実のように見えるかもしれない。


けれど、うつ病の当事者にとっては、

それは

自分を責める理由が一つ消える

ということでもあった。



気分が沈むのは、

意思が弱いからではない。

朝起きられないのは、

気合が足りないからではない。


そうなっている脳と、

そうなるまでの環境と、

そう感じる神経の状態がある。


それだけの話だ。


そこに

「頑張れなかった自分」という

人格的な欠陥を

無理に結びつける必要はない。



この考え方は、

うつ病を「治す」魔法ではない。


ただ、

今日を生き延びるための考え方だ。


未来のことを考えられない日もある。

希望という言葉が重たく感じる日もある。


そんなとき、

「今の自分は、そうなっているだけだ」

と考えられることは、

生きるハードルをほんの少し下げてくれる。



この文章は、

成功談でも、回復物語でもない。


スピリチュアルに救われた話でも、

ポジティブ思考で立ち直った話でもない。


リアリストとして、

科学と哲学の言葉を借りながら、

自分を責めずに生きようとした記録だ。


それが、

うつ病の僕が

今を生きられている、

たった一つの理由である。

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