第11話 二人の前世と現世のオオカミ

 ***




 ――夢を見ていた。


 魔王として君臨し、全てを支配していたあの頃の記憶。


『またあの女か。いい加減目障りだ』


 何度も魔王城を訪れて来る女。魔族の天敵、浄化の力を宿した聖女。


『魔王様。俺が燃やしてくるぜ?』


『無駄だ、フレア。お前の力ではあいつに勝てぬ。浄化されるのがオチだ』


『……ちっ。クソが』


 生意気で単純。しかし憎めない側近のフレア。前回は勝手に聖女に挑み浄化されかけていた。懲りてないらしい。


『我が出るしかあるまい』


 重い腰を上げる。応接室で魔王を待つ聖女。会いたくもないが、家臣たちでは手に余る。


『――おい、聖女。いつまで我が城で茶を啜っている』


『あら、魔王さん。やっと来てくれた。お久しぶりね』


 ため息が漏れる。隠す気もない。心底億劫だ。


 仕方なく席につく。魔王に臆することなくニコニコ笑う女。本当に不愉快だ。


『それで? またあの話か?』


『もちろん。今日はランスロットもいないし、ゆっくりトコトン話し合いましょ?』


 護衛騎士は不在。聖都に置いて来たんだろう。こいつも苦労しているらしい。


『断る。人間と共存などできん。我が魔界から魔石を奪う盗っ人どもだ。許すつもりはない』


『それについてはごめんなさい。これ以上魔界から持ち出さないよう、各国の王を説得してみせるから』


 瞳を伏せる聖女。思わず見惚れてしまう。気に食わん。


『信用できん。魔石は我ら魔族の糧。我らを魔族足らしてる資源だ』


『分かってるわよ。けど人間の国にも魔石が眠ってるって判明したの。採掘が進めば、私たちが争う理由はなくなるわ』


『……それができてから言え』


 流されるな。耳を貸すな。こいつの言葉は戯言。魔族を騙す悪魔の囁きだ。


 それなのに、何故だ。


『私は魔族のみんなと仲良くしたいの。特に魔王さん。私たち、きっとお友達になれるわ』


 気が狂いそうになるのは。


『我と、お前が?』


 その言葉に魅入られてしまうのは。


『ええ。だって魔王さん、いつも私の話を聞いてくれるもの。……私ね、とっても嬉しいのよ?』


 ――こいつを、そばに置きたくなるのは。


『……黙れ。我は魔王。貴様のような小娘、眼中にない』


『むっ! ちょっと傷付いた。私、悲しくなっちゃいました!』


『すまん、言い過ぎた……』


 ペースが乱される。いつもこうだ。こんな姿、家臣たちに見せられない。


 聖女の手が伸びる。闇に包まれた魔王の手。魔力を祓い、手を握られる。


『……温かい手……私、世界が平和になったら……あなたと……』


 振り解く。悪魔の囁き。これ以上は許されない。


『気に食わん。我に触るな。お前は人間。我は魔族だ』


『…………関係ない。あなたのこと、ほっとけないの……誰よりも強くて、全部を一人で背負おうとするんだもの』


『我は魔王だから当然だ。だからこそ、貴様ら人間は信用しない』


 そしていつもこうなってしまう。触れられた手が熱い。闇で覆い隠す。


『……いいもん。私、頑張るから。いつか魔王としての責務から、私が助けてあげるんだから。……そしたら』


『…………勝手にしろ』



(――ああ、そうだ。我は、こいつのことが……)


 消えていく過去の幻影。もう戻れない温かい日々。


 自覚する。あの呪いの意味。何度生まれ変わっても、こいつを他の異性に――。



 光に包まれる。曖昧な意識が浮かび上がる。


 誰かに握られた手。震えている。熱い吐息がすぐそばに迫る。


 そして重たい瞼を持ち上げたカトレアは、キスを迫るナルルに硬直した。


「……な……ナル、ル……?」


「………………へ?」


 間抜け顔の聖女。いや違う、こいつはナルル。けどやっぱり聖女と同じ顔。それが目の前。


「ごごご、ごめん! い、今のはそんなんじゃ! キスなんてするつもりは……っ!」


 必死な言い訳。動揺しまくり。どう見てもオオカミそのもの。可愛い顔して中身は男。


 こいつもサーガやランスーンと同じだ。襲われるところだった。


 だから拳を握り、今すぐこの変態から逃げないと。


「…………したい、のか……?」


 違う。逆。超逆。こんなのしてほしいみたいだ。


「……いいの?」


 良くない。その気になるな。やっぱりこいつエッチな変態だ。


 再び迫って来るナルル。やたら大きくてフワフワのベッドが揺れる。熱を帯びた瞳が近付いてくる。


「……カトレア……僕……」


 完全オオカミモード。逃げないとヤラれる。このまま純潔が奪われてしまう。下着はお気に入り。――って、やたらスースーする。いつの間にか脱がされてる。


「や、やっぱりダメ……こんな、いきなり……」


 弱すぎる拒絶。誰だこいつ。今すぐ怒鳴れ。なのに声が出ない。体に力が入らない。


「カトレア……好き……」


 はい終わった。もういい。好きにしてくれ。さらに迫るナルル。覆い被さるケダモノナルル。いっそムービーで撮影したい。


(こいつとなら、いっか……)


 そしてカトレアが全てを諦めた瞬間、それは鳴った。



 グウウウウウゥゥ。



 特大腹の音。どこかの部屋に鳴り響く。発生源はカトレアのお腹。腹の虫まで魔王級。


「…………ごめん、カトレア」


「あ、謝るな! 我の方が恥ずかしい! というか腹ペコで死ぬ! あれなら何日だったのだ!」


「三日だよ」


 衝撃。三日も飲まず食わず。死活問題だ。


「普通にヤバい。今すぐ飯を寄越せ。それと色々ふざけるな。逆に襲うぞ貴様」


「優しく、してね?」


「前言撤回。普通に殴り飛ばすぞ」


「優しくお願いします」


「ドMか貴様」



 そんなこんなで、三日振りに目を覚ましたカトレアは、ナルルが手配した豪華絢爛なご馳走様を心行くまで貪った――。

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