誤召喚歴女と王子の異世界歴史人物講義録 ~英雄、変人、大罪人。地球のやらかし、全部教える~
古木しき
第1講 歴女と王子と預言書と演説と『ウィンストン・チャーチル』
……目が覚めたとき、まず思ったのは「あっ、飲みすぎた」だった。
頭は重いし、口の中は金属みたいな味がするし、背中が石。っていうか、ここ石?
「ん……っつー……え?」
私、確か昨日——じゃなかった、もう今日?
ゼミの飲み会で、誰とも会話せずに隅で一人黙々と資料読みながら酒煽って……そのまま帰ったと思うんだけど。
なのに今、私が寝転がってるのは、明らかに地下牢か儀式場っぽい場所で。
……しかも、私をぐるっと囲むように、まるで世界観が違うローブをまとった怪しい老人たちと、鎧を着た兵士たちが、固まったように見ていた。
そして、一人——装飾過剰でやけに重そうな王冠みたいもんを被った白髪の男が、ゆっくりと歩み寄り、口を開く。
「……その者が、預言の“導師”か?」
しばしの沈黙。誰も答えない。
ただ、杖を持った一人の魔導師風の老人が、一歩前に進み、咳払いした。
「こ、これは……想定外の姿にございますな。だが、たしかに召喚の術式は完成しておりましたぞ、陛下」
「……見たところ、女か? 女に見えるが……」
「陛下、性別にこだわることは……預言書には、“性に依らぬ”と……」
「だがこの者、服装も奇妙だ。異界の者にしても、妙にこう……浮かれておるというか、力強さが……」
「陛下、まずは……まずはその者に、名を問うてみては?」
そのやりとりを、私は黙って見ていた。
……いや、いやいやいやいや。
あなたたち今、全力で“間違えたかも”って顔してますよ!?
しかもなに? さっきから“導師”? “予言”? “術式”?
えっ、ちょっと待って、これって、まさかだけど——
「……あの」
全員が、ピシッとこちらを見た。
「とりあえず、私、あんまりこういうロールプレイには慣れてないんで、わかりやすく説明してもらえます?」
その瞬間、杖の魔導師が小さく叫んだ。
「しゃ、喋った……! 召喚体が……意思を持ち、言葉を理解している……! 異界の、知の器が……!」
そして、周囲の魔導師たちが一斉にどよめいた。
なんかもう、ラボで珍しい細胞反応が出たときの研究員みたいな反応だった。
過剰装飾の王が、重々しく、
「……異界の者よ。汝の名を申せ。汝、我が王国の王子に“智”を授け、未来を導く宿命を持つ者なりや?」
……うわ、出たよ。典型的な“世界を託すパターン”。
「なりや?」って人狼ゲームでしか聞いたことないよ。やったことないけど……。
しかも、確認の前に託す方向で話が進んでいる。危ない。歴史上、このタイプの国、だいたい滅びているんだよ。
「えーと、はい。
王と魔導師たちが、再びざわざわと混乱する。
「“しゅうかつ”……? 何の話だ?」
「“れきし”という言葉が出たぞ……! 預言書に通じておるかもしれん!」
ちょっとした言葉が、謎の解釈フィーバーを起こしている。
マジでこの人たち、大丈夫? 異世界の知識以前に、読解力が心配になってきたぞ……。
そして、魔導師の一人が私の目の前に、重厚な古文書を広げて見せた。
「ご覧ください、“預言書”にございます! “異界の歴史を知る者、異なる文を読むべし”と……!」
差し出されたそれを、私はちょっと首を傾げながら覗き込んだ。
ラテン語と、崩れた英語が入り混じった、めちゃくちゃな文章。
しかも文法構造が、明らかにGoogle翻訳初期バージョン。
「……うわ、雑。動詞の活用も時制もガタガタ。主語どこ行った。冠詞迷子じゃん」
「な、何を言っているのだ?」
「……まさか、読めるのか?」
私は、肩をすくめて言った。
「読めるも何も、これ……中世ヨーロッパの“神秘系キメラ文書”ってやつでしょ。構造からして偽書の系譜。たぶん、真面目に書いたつもりの人がいたんでしょうけど、文献史的には“ぶっ飛び迷作”扱いっすね。ここはナーロッパか? いや、昨晩の飲みすぎで迷い込んだ新型の大人向けキッザニアか? それにしてはいい加減な預言書……。何故か西暦だし……」
魔導師たちが、息を呑んで後ずさる。
国王は、明らかに眉をひそめている。
私は、淡々と付け加える。
「……要するに、こんなもん信じて私を喚んだんだったら、相当間違えてますよ」
静まり返る王宮地下。
そして、間を破ったのは、一人の少年の声だった。
「——ふーん。じゃあアンタ、ハズレ召喚の賢者もどきだったってこと?」
声の主を見やると、そこには——まだ幼さの残る、金の髪の少年。
軽薄そうな笑みと、鋭い緑色の目をした子どもが、石の階段に座りに膝に頬杖をついて、私を眺めていた。
ああ。こいつが、「王子」か。
その瞬間、私の中で、何かがぶちんと切れた。
大学の教育演習で、空気を読んで全てを引っ込めてきた私。
大学のキャンパスの端や、大学図書館の目立たぬ場所で静かに本を読み耽っていた私。
“おとなしくしてればいい”って我慢してきた私。
今、この小生意気のガキの王子の一言で、それら全部がまとめて火にくべられた。
思い知れ。教育の力を。歴史のカオスを。
私は、すっと目を細めて、ゆっくりと言った。
「じゃあ、まず教えてあげてやろう。クソガキ王子」
兵士が怒り前に出て、
「無礼者! ケイ・チャールズ王太子殿下に向かってなんという言葉を!」
ケイ王太子殿下と呼ばれたこの生意気なまだ小学生ほどの王子は、兵士を下げ、
「いいんだよ。この者を話を聞いてやるのも、僕が王になるための試練なんでしょ? で?」
「じゃあ、まずお教え差し上げよう。ケイ・チャールズ王太子殿下。“無知な権力者がどれほど危険か”を、歴史で」
王子が、鼻で笑った。
「へー。じゃあ僕は何? その“危険な権力者”ってやつになんの?」
「ええ、その態度を改めないで進むと間違いなく」
私は、眼鏡を整え、崩れたカーディガンの裾を翻して一歩前へ出た。
周囲の兵士が身構える中、魔導師たちがざわめく。
「……何をする気だ、この者は……!」
「“講義”だよ。召喚の理由が“教育”なら、始めるしかないでしょう?」
「な、なんだよ! お前は!」
私の威勢に少し怯んだガキンチョ王子をまっすぐに見据えて、言った。
「ふっふっふ。じゃあ、ケイ王子。まずひとつ教えてあげる。
“権力者の無知ほど、歴史にとって危険なものはない”……by ウィンストン・チャーチル」
王子が、きょとんとした顔で私を見る。
「チャーチル?」
そうして、私は胸に右手でVサインをして、低く、響くように語り出す。
「――1940年、ヨーロッパ。国を滅ぼす寸前まで追い込まれた一国に、一人の男が立った。誰からも嫌われ、罵られ、それでもなお前に出た。そう、その男こそ、ウィンストン・チャーチル」
私は、静かに笑った。
王や召喚した魔導師たちも引き気味なのは分かっている。こういうのも慣れている。
「ふふっ……あのチャーチルも存在しない本当の異世界だとは……。まあ、いい。だったら教えてあげよう。さぁ……喚ばれたからには、最初の講義だ。政界一の嫌われ者にして、国家の命運を背負った——世界を救った“最後の演説家”の話をよお!」
異世界の空気に染まりつつある私の演技ががった大声が、石造りの空間に反響する。さながら獅子の咆哮のように響く、響く。
響きすぎな気がする。
さて、この異世界の間違って召喚されただろうが、やってやろうじゃないの。
魔法でも、剣でもなく。
歴女なりの言葉の魔術師のごとく、“言葉”でこの王子の心を動かす講義が、今、この異世界で開講である。
*
王宮のとある部屋──
そこにいるのは、この異世界に召喚された私と、生意気なケイ王子だけ。
「さーて! 第一講、『ウィンストン・チャーチル』について!!」
私は勢いよく指を天に掲げてみたが、王子は机の上に頬杖をついて、怠そうな目をしていた。
「そのテンション、授業ってより……なんかの呪術でも始まりそうだな」
「残念。これは教育という名の祝福だ!」
「……どっちにしろ逃げられなさそうで怖いぞ」
やれやれと王子が呟くのを無視して、私は真面目な顔で訊いた。
「まず訊いておきたい。今のこの国の宰相は?」
「ん? ……前のやつが議会で喧嘩して辞めた。今はリデルス・トラズっていう女が、教育大臣から繰り上がって十日くらいで宰相やってる。議会じゃ“臨時代理”って言われてるけど」
「……レタスより先に終わりそうな名前だな……。経済政策で失策しそうだ……」
「え?」
「ああ! いや! なんか似た感じの奴を知ってたから、ちょっとデジャヴっただけ! 気にしないで!」
「……ぜってぇバカにしてるだろ」
王子が鋭く睨むが、私は咳払いひとつで流す。
「さて、大英帝国の第61、63代首相……サー・ウィンストン・チャーチルとは! 一言で言うと——」
私は、カーディガンを翻し、両腕を大げさに広げてから、片手を胸に、もう片方を高く掲げた。
「“政界一の嫌われ者にして、国家の命運を背負った、伝説の演説家である!”」
「……なんで演劇っぽくなるんだよ」
「“歴史を語る”ってのはね、ただ事実を述べるんじゃない。“人間を憑依させる儀式”なんだよ」
「こえぇよ! お前、もしかしてそういう魔術師か!?」
私は、ちらりと王子を見やって、不敵に微笑む。
「それくらい本気で語らなきゃ……王子様の耳には届かないだろう?」
「…………チッ。やってみなよ」
上等。
私は深呼吸し、声色を低く、渋く、重々しく落とす。
まるで別人のように、チャーチルの霊が降りたかのような芝居で。
「まずチャーチルの幼少期は——勉強嫌いで! 落ち着きがなくて! 兵隊のおもちゃを蹴散らすやんちゃっぷり!」
「……僕になんか似てる気がする」
「そう思うのも、今のうちだぞ」
私は指をピッと立てる。
「彼は貴族の家に生まれて、エリートコースを用意されていた。けれど、肝心の勉強は嫌い。学校じゃ成績ビリの常連、落第ギリギリ、通知表は真っ赤っか」
「うわ、ますます僕っぽい」
「聞け。そこからが違うんだよ」
私は机の上に立って、芝居の調子で語り出す。
石造りの天井に声がよく響く。
「彼が夢中になったのは“戦争”。軍事学校へ進み、サーベルを振って馬に乗り、世界中を駆け回る。キューバ、インド、南アフリカ……若きチャーチルは前線を渡り歩く報道将校となり、銃弾飛び交う戦場で武勲を上げた!」
「え、戦場に行ってたの? 本物の兵隊?」
「そう。そして捕虜になって脱走して、新聞の一面を飾った。なんなら英雄扱いされたんだ。若干二十代で」
「めちゃくちゃアグレッシブじゃん!」
私は、にやりと笑った。
「それを武器に、彼は“話術の天才”として政界に打って出る。下院議員になってからは、言葉の力で次々と相手を論破。罵倒。炎上。変節。失言。失脚。そしてまた復活……」
「なんか……波がすごいね?」
「まぁ、そう。チャーチルの人生はね、常に“起き上がりこぼし”。転んでも、殴られても、嫌われても、言葉の力で何度でも立ち上がった。……でも、そのせいもあって、政界一の嫌われ者になったんだよ」
「なんでだよ、活躍してるんでしょ?」
「活躍しすぎて煙たがられた。人の意見に従わない。言いたいことはズバズバ言う。間違っても折れない。しかも皮肉屋。結果——」
「……嫌われた?」
「見事にね。で、ついたあだ名が、“落ちてる時にだけ正しい男”」
「うわぁ……かっこいいのか、かわいそうなのか、わかんねぇ」
私は胸の前で腕を組み、少しだけ口調を落とす。
「けれどね、そんな彼に、ある時、“国の命運”が託されることになるのだよ。
それが、1939年。第二次世界大戦の開幕。
ナチス・ドイツがヨーロッパを飲み込み、フランスが落ちた。
そんな中、唯一抵抗する気概を見せたのが——“あの嫌われ者”だった」
「…………」
王子が黙る。
私は、ゆっくりと、芝居の導入から、次の“伝説の演説”へとギアを上げていく。
私は、王宮の石造りの床に一歩踏みしめ、声色を低く、重々しく落とす。
王子も思わず背筋を伸ばした。
「私は、我が国民に与えられるものが何かを申し上げる。
それは——血と、労苦と、涙と、汗だけだ」
王子がぴくりと眉を上げる。
私の目は鋭く、声には火が宿る。
「我々には、最も苦しい戦いが待ち構えている。
海で、空で、陸で、我々は戦う。全力をもって。
問われるだろう。何のために戦うのか、と。
答えよう。
それは、自由を守るため。
それは、この世界が暗黒に飲まれぬためだ」
私は、指先を高く掲げ、まるで国民の前に立つように言葉を打ち出す。
「我々は問われている。今こそ、困難に立ち向かう勇気があるのか。
今こそ、孤独でも信じ抜く力があるのか。
そして——我々は、勝利を信じるに足るか」
静まり返る部屋。
ケイ王子は、声もなくじっと私を見つめている。
そして、私は最後に、低く、響く声で言った。
「我々の目的は——勝利である。
どんな代償を払ってでも。
どんな恐怖があっても。
勝利でなければ、生き残る価値はない」
長い沈黙。
そして。
「……わーお」
ぼそりと王子が呟いた。
「……それ、実際に言ったの? 本当に? 演説で?」
「ええ。1940年。イギリスの議会で、首相として」
「すっご……こいつ……マジで世界救っちゃったの?」
「まぁ決して演説だけじゃないけどね。言葉の力が、国民の心を繋ぎ止めたのは事実。圧倒的不利な状況で、“戦おう”って国民に思わせたのは、間違いなくチャーチルの声だった。ケイ王子、この王国が魔王に飲まれそうなら、こんな言葉が必要になるかもよ?」
ケイ王子が目を細める。
「……魔法で心を操るのと同じ?」
「違う! 魔法じゃなく、心を動かすんだよ!」
ケイ王子は、腕を組み直し、少しだけ真面目な顔になっていた。
「じゃあ僕も、兵士の前で演説して、国をまとめてみようかな」
「やめとけ。お前が言ったら国が笑い死にする」
「なんだよ!」
私は、はあっと一つため息をついた。
けれど、少しだけ。
ほんの少しだけ。
この王子の瞳に、“智の火”が灯った気がして、悪くない授業だったと思った。
しかし私は頭を振った。こんなクソガキ王子のことだ。どうせ別の火事を起こすんだろう。それでも、まぁ悪くない。教えがいのある生徒だ。
その後、誇張しすぎたかな、確かあの演説ってダンケルクとかそこらへんだったっけ……と不安になりスマホを取り出すも圏外だった。
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